第20話 城壁完成の朝
夜が明ける。
魔の森の朝は霧が深い。
白い靄が木々の間を漂い、町全体を薄く包み込んでいた。
だがその霧の中でも、魔の森開拓都市の人々はすでに動いていた。
「丸太もう一本!」
「杭を打て!」
「縄を持ってこい!」
眠っていない目。
土と汗にまみれた顔。
だが誰も作業を止めない。
城壁は――
もう町の半分を囲んでいた。
丘の上でそれを見ていたレスティーナは、腕を組みながら小さく頷いた。
「順調ね」
隣のジェイは苦笑する。
「順調という言葉で済ませていい規模ではありませんが」
レスティーナは笑った。
「三日城壁」
ジェイが言う。
「普通は伝説です」
レスティーナは肩をすくめた。
「じゃあ伝説にしましょう」
その時だった。
帝国監察官アルトが丘へ上がってくる。
彼は夜の間も町を見回っていたらしく、少し疲れた顔をしていた。
アルトは城壁を見て言った。
「……本当に作っている」
レスティーナが振り向く。
「疑ってたの?」
アルトは苦笑する。
「疑うのが普通です」
丘の下には丸太の壁が並んでいる。
高さ四メートル。
先端は尖っている。
そして所々に見張り台。
即席とは思えない出来だった。
アルトは呟く。
「二日でここまで」
ジェイが答える。
「残り三分の一です」
アルトは静かに息を吐いた。
「帝国でも前例がありません」
レスティーナは笑った。
「前例は作るもの」
その時だった。
遠くで角笛が鳴った。
低く、長い音。
ジェイが森を見た。
「……公爵軍」
霧の向こうに人影が見える。
数百の兵。
槍。
盾。
旗。
スー公爵軍五百。
アルトが腕を組む。
「見に来たようですね」
レスティーナは笑った。
「完成見学ね」
公爵軍は町の前で止まった。
騎士が一人前に出る。
赤いマントの騎士。
何度も来ている男だ。
騎士は城壁を見上げた。
そして顔を歪める。
「……馬鹿な」
昨日までなかった壁がそこにある。
しかも町の半分以上を囲んでいる。
騎士は叫んだ。
「レスティーナ・フォン・グランテ!」
レスティーナは城門の上に立った。
木製の簡易門。
まだ新しい。
レスティーナは言った。
「何?」
騎士は怒鳴る。
「こんな壁!」
レスティーナは笑った。
「気に入った?」
騎士の顔が赤くなる。
レスティーナは続ける。
「都市には城壁が必要でしょ」
騎士は歯を食いしばった。
「三日で出来るわけがない!」
レスティーナは肩をすくめた。
「出来てる」
後ろでは住民たちがまだ作業している。
丸太。
土。
縄。
すべてが運ばれている。
アルトが静かに前へ出た。
「帝国監察官」
「アルト・ヴァルケン」
騎士は悔しそうに頭を下げた。
アルトは城壁を指す。
「防衛施設」
「都市審査の重要項目です」
騎士の顔が歪む。
アルトは続けた。
「非常に興味深い」
レスティーナは笑った。
「ありがとう」
騎士は怒鳴った。
「監察官!」
アルトが見る。
騎士は言った。
「これは逃亡農奴の町です!」
アルトは答える。
「暫定都市です」
騎士は黙った。
アルトは静かに言う。
「帝国審査中の都市を包囲」
「さらに威圧」
騎士の額に汗が浮かぶ。
アルトは続けた。
「帝国としては非常に不愉快です」
騎士は言葉を失った。
レスティーナはにやりと笑った。
その時だった。
城壁の上から声が上がる。
「完成!」
大きな歓声が広がった。
町を囲む丸太の壁。
最後の杭が打ち込まれたのだ。
レスティーナは振り返った。
町の周囲を一周する巨大な木柵。
粗い。
だが立派な城壁だった。
ジェイが小さく言う。
「三日」
レスティーナは頷く。
「完成」
アルトは城壁を見上げた。
やがて言った。
「レスティーナ・フォン・グランテ」
レスティーナが振り向く。
アルトは宣言した。
「防衛施設条件」
「達成」
町から歓声が上がる。
ユラが泣きながら叫ぶ。
「城壁だ!」
アルトは続けた。
「都市条件」
「残り二つ」
レスティーナは笑った。
「市場と人口」
アルトは頷いた。
レスティーナは森を見る。
そこにはまだ五百の軍。
だが今、町には城壁がある。
レスティーナは静かに言った。
「都市は」
「守られる場所」
そして小さく笑う。
「次は」
「人を増やす」
森の向こう。
スー公爵軍は沈黙している。
だが魔の森開拓都市は――
**確実に都市へ近づいていた。**




