第17話 都市誕生前夜
帝国監察官アルト・ヴァルケンによる**暫定都市認定**。
その知らせは、魔の森開拓町に爆発のように広がった。
「都市だってよ!」
「俺たち都市の住民だ!」
「すげえ!」
広場では歓声が上がり、子供たちが走り回っている。
だが。
丘の上に立つレスティーナの表情は、浮かれてはいなかった。
隣にいるジェイが静かに言う。
「ずいぶん落ち着いていますね」
レスティーナは腕を組んだ。
「当然よ」
丘の下では建設が続いている。
石を運ぶ者。
木材を切る者。
井戸を掘る者。
都市認定は**終わりではない**。
むしろ――
「始まりよ」
レスティーナは呟いた。
ジェイが聞く。
「条件ですね」
レスティーナは頷いた。
アルトが提示した条件。
人口五百。
市場の開設。
城壁の建設。
駐屯兵の配置。
レスティーナは空を見上げた。
「一年以内」
ジェイは苦笑する。
「普通なら不可能です」
レスティーナは笑った。
「普通じゃないから」
そして丘の下を指差した。
そこでは新しい建物が建ち始めている。
「まず市場」
ジェイが言う。
「商人を呼ぶ」
レスティーナは頷く。
「そう」
魔の森の資源。
薬草。
魔物素材。
木材。
これを売る。
ジェイは言った。
「護衛が必要ですね」
レスティーナは微笑む。
「そのための駐屯兵」
だが問題がある。
ジェイが言う。
「兵がいません」
レスティーナは笑った。
「いるわよ」
ジェイが首を傾げた。
レスティーナは丘の下を指す。
そこでは男たちが木を運んでいる。
逃亡農奴。
流民。
職人。
レスティーナは言った。
「兵は作るの」
ジェイは目を細めた。
「民兵ですか」
「そう」
レスティーナは続ける。
「訓練すれば十分戦える」
ジェイは頷いた。
「公爵軍ほどではないですが」
レスティーナは笑った。
「防衛なら足りる」
その時だった。
ユラが走ってくる。
「レスティーナ様!」
「どうしたの?」
ユラは息を切らして言った。
「商人です!」
レスティーナが目を瞬いた。
「もう?」
ユラは頷いた。
「三台の馬車!」
ジェイが呟く。
「早いですね」
レスティーナは笑った。
「噂は早いのよ」
町の入口。
そこには三台の荷馬車が止まっていた。
そして太った男が立っている。
男はレスティーナを見ると帽子を取った。
「失礼」
「私は商人のローデン」
レスティーナは微笑んだ。
「レスティーナ・フォン・グランテ」
ローデンの目が光る。
「やはり」
彼は町を見渡した。
「噂通りだ」
レスティーナが聞く。
「どんな噂?」
ローデンは笑った。
「魔の森に都市を作る少女」
ジェイが小さく笑った。
レスティーナは肩をすくめる。
「誇張ね」
ローデンは言った。
「いや」
広い道路。
整った区画。
建設中の行政館。
ローデンは頷いた。
「本物だ」
そして言った。
「取引したい」
レスティーナの目が細くなる。
「何を?」
ローデンは答えた。
「魔物素材」
「薬草」
「木材」
レスティーナは笑った。
「全部ある」
ローデンは言った。
「定期交易を提案する」
ジェイが驚いた。
「定期?」
ローデンは頷く。
「月に一度」
レスティーナは腕を組んだ。
「悪くない」
だが次の瞬間。
ローデンが小声で言った。
「ただし」
レスティーナが眉を上げる。
ローデンは言った。
「スー公爵が怒っています」
ジェイが目を細めた。
ローデンは続ける。
「次は二百では済まない」
レスティーナは笑った。
「でしょうね」
ローデンが驚く。
「怖くないのですか」
レスティーナは森を見た。
夕日が木々を赤く染めている。
彼女は言った。
「怖いわ」
ローデンが驚く。
レスティーナは続けた。
「でも」
丘の上から町を見る。
働く人々。
笑う子供。
煙の上がる家。
レスティーナは言った。
「守るものがある」
そして微笑む。
「だから強い」
ローデンはしばらく黙っていた。
やがて笑った。
「面白い都市だ」
そして手を差し出す。
「取引成立です」
レスティーナも手を握った。
その時だった。
森の奥から遠く、太鼓の音が響いた。
ジェイが振り向く。
「……軍?」
レスティーナは目を細めた。
森の向こう。
遠くに旗が見える。
スー公爵の紋章。
だが――
数が違う。
ジェイが呟いた。
「多い」
レスティーナが言う。
「五百」
ジェイが息を呑む。
レスティーナは静かに笑った。
「都市誕生前夜に」
「ちょうどいい」
ジェイが聞く。
「何がです?」
レスティーナは答えた。
「都市にはね」
「伝説が必要なの」
森の向こう。
五百の軍勢がゆっくり進んでくる。
だが。
魔の森の開拓都市もまた、
**歴史の第一歩を踏み出そうとしていた。**




