第16話 都市認定の審査
森の奥から、鉄と革の擦れる音が風に乗って届いていた。
スー公爵軍二百。
魔の森の入口に布陣した彼らは、まだ町へ踏み込んではいない。
だが緊張は確実に広がっていた。
広場では作業が続いている。
だが皆、どこか落ち着かない。
レスティーナは丘の上から町を見下ろしていた。
その横に帝国監察官アルト・ヴァルケンが立っている。
アルトは静かに言った。
「大胆ですね」
レスティーナは首を傾げる。
「何が?」
「公爵軍が目の前にいるのに」
「都市審査を続ける」
レスティーナは笑った。
「だからよ」
アルトが目を細める。
レスティーナは続けた。
「監察官が見てる前で」
「帝国都市に攻撃する?」
アルトは小さく笑った。
「普通はしません」
「でしょう?」
レスティーナは肩をすくめた。
「普通なら」
アルトは町を見渡す。
「では審査を始めましょう」
ジェイが頷く。
「案内します」
まず向かったのは中央広場だった。
広場はまだ土だが、かなり広い。
荷車が何台も停められる規模だ。
アルトは言った。
「市場予定地」
レスティーナが答える。
「週市を開く予定」
「商人が来ると?」
レスティーナは即答した。
「来るわ」
アルトが聞く。
「理由は?」
レスティーナは森を指した。
「魔の森」
アルトは頷いた。
魔物素材。
薬草。
希少木材。
どれも高価な商品だ。
アルトは言う。
「資源都市」
レスティーナは笑う。
「その通り」
次に向かったのは井戸だった。
まだ掘削途中だが、かなり深い。
アルトが聞く。
「水源は?」
ジェイが答える。
「地下水脈」
レスティーナは言った。
「それだけじゃない」
アルトが振り向く。
レスティーナは森の奥を指した。
「川」
アルトは目を細めた。
「灌漑?」
「ええ」
レスティーナは続ける。
「水車も作る予定」
アルトは驚いた。
「水車?」
「粉挽き」
「木材加工」
「鍛冶の送風」
レスティーナは言った。
「全部使える」
アルトは腕を組んだ。
「都市計画が出来ている」
次に向かったのは建設中の石造建物だった。
三階建て。
基礎はすでに完成している。
アルトが聞く。
「行政館」
ジェイが頷く。
「領主館兼役所です」
レスティーナは笑う。
「都市には役所が必要でしょ」
アルトは建物を触った。
石はしっかり積まれている。
仮設ではない。
本格建築だ。
アルトは呟いた。
「二ヶ月でここまで」
その時だった。
ラッパの音が響いた。
兵士が駆け込んでくる。
「報告!」
ジェイが聞く。
「何だ」
「スー公爵軍!」
「前進しています!」
広場がざわつく。
アルトが眉をひそめた。
「動いたか」
レスティーナは落ち着いていた。
「予定通りね」
アルトが聞く。
「予定?」
レスティーナは微笑む。
「見に行きましょう」
町の入口。
そこにはスー公爵軍が整列していた。
二百の兵。
槍。
盾。
鎧。
そして中央には騎士が一人。
豪華な鎧。
赤いマント。
騎士は前に出た。
「この町の責任者は誰だ」
レスティーナが前に出る。
「私」
騎士は眉を上げた。
「子供?」
レスティーナは言った。
「レスティーナ・フォン・グランテ」
騎士の表情が変わった。
「グランテ家だと」
レスティーナは微笑む。
「ご用件は?」
騎士は言った。
「スー公爵の命令だ」
「逃亡農奴を引き渡せ」
村人達が震える。
レスティーナは静かに言った。
「断る」
騎士が怒鳴った。
「命令だ!」
レスティーナは指を横へ向けた。
「見なさい」
騎士が振り向く。
そこに立っていたのは――
帝国監察官アルト。
胸の帝国章が光る。
騎士の顔が青くなった。
アルトは静かに言った。
「帝国監察官」
「アルト・ヴァルケン」
騎士は慌てて敬礼した。
「し、失礼しました!」
アルトは淡々と言う。
「ここは現在」
「開拓都市認定の審査中」
騎士の顔が固まる。
アルトは続けた。
「帝国審査中の土地で」
「軍事行動を行うつもりですか?」
騎士の額に汗が浮かぶ。
沈黙。
レスティーナはにやりと笑った。
やがて騎士は歯を食いしばった。
「……撤退する」
兵達がざわめく。
騎士は怒鳴った。
「全軍退け!」
公爵軍はゆっくり後退していった。
森の奥へ消える兵達。
村人達から歓声が上がる。
アルトはレスティーナを見た。
「計算通りですね」
レスティーナは笑った。
「まあね」
アルトは町を見渡す。
働く人々。
広い道路。
石造建築。
そして秩序。
アルトは静かに言った。
「レスティーナ・フォン・グランテ」
レスティーナが振り向く。
アルトは宣言した。
「この地を」
「帝国開拓都市として」
「**暫定認定**します」
一瞬、沈黙。
そして――
歓声が爆発した。
ユラが泣きながら叫ぶ。
「都市だ!」
ジェイも微笑む。
レスティーナは静かに息を吐いた。
だがアルトは続けた。
「ただし」
レスティーナが眉を上げる。
アルトは言った。
「正式認定には条件があります」
「人口五百」
「市場」
「城壁」
「駐屯兵」
レスティーナは笑った。
「簡単ね」
アルトが驚く。
「簡単?」
レスティーナは森を見た。
「人は増える」
「商人も来る」
「城壁も作る」
そして言った。
「一年以内に」
「全部やる」
アルトは思わず笑った。
「面白い領主だ」
レスティーナは答えた。
「まだ領主じゃない」
アルトが聞く。
「では?」
レスティーナは町を見下ろした。
「都市長」
夕日が町を照らす。
まだ小さい。
だが確実に成長している。
魔の森の開拓都市は――
**今、正式に帝国の地図へ刻まれ始めていた。**




