第13話 公爵の牙
魔の森開拓町。
そう呼ばれるようになってから、まだ二ヶ月しか経っていない。
だが景色はすでに大きく変わっていた。
森を切り拓いた広場には整然とした道が伸び、木造の家が並び始めている。掘立小屋ばかりだった頃とは比べものにならない。
「ユラ班、北側の伐採終わりました!」
「よし、次は杭打ちだ!」
「建築班は梁を上げろ!」
人々の声が響く。
かつて逃亡農奴として震えていた彼らの顔には、もう怯えはほとんど無い。
代わりにあるのは――
**仕事の顔**だった。
丘の上からその様子を見ていたレスティーナは満足そうに頷いた。
「いい感じね」
隣に立つジェイも同意する。
「予想以上の進み具合です」
レスティーナは腕を組んだ。
「人が増えたのが大きいわ」
現在の人口は二百人を超えている。
最初の百三十七人からさらに増えたのだ。
逃げてきた農奴。
流民。
行き場を失った職人。
噂を聞きつけて魔の森へ来る者は増え続けていた。
「この調子なら一年で千人いくかも」
レスティーナは楽しそうに言った。
ジェイが苦笑する。
「普通の領主なら頭を抱える数字ですね」
「私は喜ぶけど」
レスティーナは肩をすくめた。
「労働力は多いほどいいもの」
だがジェイの表情は少しだけ硬かった。
「……その件ですが」
「どうしたの?」
「斥候が戻りました」
レスティーナは目を細めた。
「何かあったのね」
ジェイは頷く。
「スー公爵領です」
レスティーナは小さく笑った。
「やっぱり来たか」
ジェイが説明する。
「農奴が逃げ続けているため、公爵が調査隊を出したそうです」
「調査隊?」
「兵二十名」
レスティーナは首を傾げた。
「少ないわね」
「様子見でしょう」
ジェイは答える。
「ただし問題は」
「何?」
「**捕縛命令**が出ています」
レスティーナは少し考えた。
「つまり」
「逃亡農奴を連れ戻す?」
「はい」
ジェイは静かに言う。
「この町にいる者も対象になります」
丘の下では子供達が笑いながら石を運んでいる。
レスティーナはそれを見てから言った。
「返す気はないわ」
ジェイは微笑んだ。
「そう言うと思いました」
レスティーナは指を鳴らす。
「対策を考えましょう」
ジェイは頷く。
「戦いますか?」
レスティーナは首を横に振った。
「まだ戦争は早い」
「じゃあ?」
レスティーナはにやりと笑った。
「**法律で勝つ**」
ジェイが驚く。
「法律?」
レスティーナは頷いた。
「ここは帝国領」
「そして私はグランテ領主家」
「つまり」
「帝国法が適用される」
ジェイはすぐ理解した。
「なるほど」
レスティーナは続ける。
「帝国法では」
「逃亡農奴は確かに罪」
「でも」
指を一本立てた。
「**未開拓地の入植者は例外**」
ジェイが目を見開く。
「開拓民特例ですか」
レスティーナは笑う。
「そう」
魔の森は未開拓地。
そして帝国は常に開拓民を欲している。
だから法律があるのだ。
**開拓民として登録された者は、過去の身分を問わない**。
ジェイは感心した。
「最初からそれを狙っていたのですか」
レスティーナは肩をすくめた。
「まあね」
そして丘の下を見た。
「だから急いで町を作ってるの」
ジェイは頷いた。
「町ができれば」
「開拓地として正式認定される」
レスティーナは笑った。
「そう」
「そうなれば」
「スー公爵でも手出しできない」
その時だった。
村の入口で騒ぎが起きた。
「お嬢様!」
兵士が駆け上がってくる。
「どうしたの?」
「森の入口に兵が!」
レスティーナはため息を吐いた。
「早かったわね」
ジェイが聞く。
「人数は?」
「二十!」
レスティーナは立ち上がった。
「行きましょう」
町の入口。
そこには武装した兵士達が立っていた。
鎧にはスー公爵家の紋章。
村人達は不安そうに後ろに集まっている。
兵士の隊長らしき男が前に出た。
「この町の責任者は誰だ」
レスティーナが一歩前に出る。
「私よ」
隊長は一瞬驚いた。
「……子供?」
レスティーナは微笑む。
「レスティーナ・フォン・グランテ」
その名前を聞いた瞬間、兵士達がざわついた。
隊長の顔が変わる。
「グランテ家……」
レスティーナは優雅にカーテシーをした。
「ご用件は?」
隊長は咳払いした。
「スー公爵の命令だ」
「逃亡農奴を引き渡せ」
村人達が震える。
レスティーナは静かに言った。
「断ります」
隊長の眉が上がった。
「何?」
レスティーナは淡々と言う。
「ここは開拓地」
「彼らは**開拓民**」
「帝国法により保護されます」
兵士達がざわめいた。
隊長は顔をしかめる。
「そんな話は聞いていない」
レスティーナは微笑む。
「勉強不足ね」
ジェイが横で小さく咳払いする。
隊長は怒り始めた。
「子供が調子に乗るな!」
レスティーナは冷たい目で見た。
「帝国法を無視するの?」
「それとも」
少し声を低くする。
「グランテ家に喧嘩を売る?」
沈黙が落ちた。
兵士達は顔を見合わせる。
隊長の額に汗が浮かぶ。
グランテ家。
今、帝国で最も勢いのある家だ。
下手に手を出せば大問題になる。
レスティーナは微笑んだまま言った。
「帰りなさい」
「そして公爵に伝えて」
「ここは」
「**グランテ領の開拓地**よ」
隊長は歯を食いしばった。
だが――
やがて踵を返した。
「撤退!」
兵士達が森へ消えていく。
村人達から安堵の声が上がった。
ユラが言う。
「助かりました……」
レスティーナは笑った。
「まだ終わりじゃないわ」
ジェイが頷く。
「ええ」
レスティーナは森の奥を見る。
「今度はもっと大きいのが来る」
スー公爵は諦めないだろう。
だから――
レスティーナは呟いた。
「急がないとね」
「この町を」
「**都市にするのを**」




