第1話 前世がにょっきり生えてきた。
世界の皆さん、こんにちは。
改めまして、私の名はレスティーナ・フォン・グランテ。レスティ、もしくはティーナとお呼びくださいな。
さて、いきなりですが――私、つい先ほど**前世の記憶**というものが、にょっきりと生えてきました。
ええ、本当ににょっきりと。
何の前触れもなく、土から芽が出るみたいに。
よく物語ではありますでしょう?
高熱を出して意識不明になり、目を覚ましたら前世の記憶が――とか。
崖から落ちて生死の境をさまよい、そこで記憶が覚醒するとか。
そういう劇的な展開を、私もちょっぴり期待していたのですが……残念ながら現実はそんなにドラマチックではありませんでした。
何しろ、きっかけは**朝食**ですもの。
いつものようにテーブルに座り、パンをかじり、スープを飲み――
そして思ったのです。
「あれ? なんだか味気ないなぁ」
その瞬間です。
ぽこん、と。
本当にぽこん、と頭の中に別の人生の記憶が現れました。
ええ、そりゃあ驚きましたとも。
普通なら白目をむいて椅子から転げ落ちてもおかしくありません。
ですが、どうやら前世の私は相当図太かったらしく、精神年齢がポーカーフェイスを作ってしまいましてね。
結果どうなったかと言いますと――
**「ふーん、前世の記憶かぁ」**
と、華麗にスルーしてしまいました。
いや、普通はもっと動揺するものでは?
そう思われるかもしれませんが、仕方ありません。
前世の私は**研究所勤めの知識モンスター**だったのです。
未知の現象を見れば、まず観察する。
感情より分析。
それが染みついていたのでしょうね。
ちなみに前世の私は、既婚・子持ちのアラフォー女性でした。
ええ、言っておきますが――
**おばさんではありません。**
妙齢の、成熟した、素敵なお姉さんです。
……熟女という言葉でも構いませんが。
そんな私が、どうして乙女ゲームなどというジャンルを知っていたのかと申しますと――
**娘の影響**です。
前世の娘が、ある日突然ハマりましてね。
それがきっかけでした。
最初は「ふーん、こんなゲームがあるのね」程度の興味だったのですが、知識欲の塊である私が未知のジャンルを放置するはずがありません。
攻略サイト、設定資料、ファンブック、小説版。
ありとあらゆる情報を読み漁りました。
ええ、隅から隅まで。
そして気付いた頃には――
**推し活**という文化にまで足を踏み入れていたのです。
恐ろしいものですね、オタク文化というのは。
特に私がハマった作品。
それがこの世界の物語でもある――
『光の聖女と聖なる騎士』
通称「ひかせい」。
乙女ゲームとしては王道中の王道。
聖女であるヒロインと、彼女を守る騎士たちの恋と戦いを描く壮大な物語です。
ファンブックも読みました。
設定資料も読みました。
攻略サイトも、小説版も。
つまり――
**私に死角はありません。**
そう、完璧に理解しているのです。
この世界の物語を。
……ただし。
ここで一つ、重大な問題があります。
それは何かと言いますと。
私、この物語において――
**ヒロインでも悪役令嬢でもありません。**
なんということでしょう。
舞台の中央に立つどころか、名前すらほとんど出てこない。
言うなれば背景モブです。
いや、まあ、観客席の一人でもいいんですよ?
でもですね?
どうせなら――
**主演を張ってみたくありません?**
そんなことを考えながら、私は黙々と朝食を食べ続けました。
表情一つ変えずに。
周囲の誰も、私の頭の中で起きた大事件に気付くことはありませんでした。
食事を終えた後、私はすぐに自室へ戻り、机に向かいました。
そして紙とペンを取り出し、記憶している情報を書き出します。
日本語。
英語。
フランス語。
中国語。
ドイツ語。
**五か国語で。**
前世の習慣ですね。
一つの言語だけでは不安なのです。
ただし問題が一つ。
子供の手は小さい。
とても小さい。
結果どうなるかと言いますと――
字が、非常に、書きづらい。
うーん。
これは困りました。
まあ、もう少し体が成長すれば綺麗に書けるでしょう。
その時に清書すればいいですね。
そんなことを考えていると、喉が渇いてきました。
「ジェイ、喉が渇いたわ」
背後に控えていた護衛兼侍従に声を掛けます。
するとすぐに、
「こちらに」
すっと差し出されたのは、冷えたジュース。
流石、スーパーエリート従僕です。
気配りが完璧ですね。
私はそれを一口飲みました。
そして。
「う~ん……」
思わず唸ってしまいます。
するとジェイが心配そうな顔をしました。
「美味しくなかったですか?」
……ああ、困りました。
だって目の前にいるジェイ、とても可愛いんですもの。
こんな子が入れてくれたジュースを「まずい」なんて言えます?
言えませんよね?
ですが、問題があります。
**味が砂糖水なのです。**
いや、本当に。
砂糖がジャリジャリするほど入っています。
水と砂糖。
以上。
シンプルすぎるにも程があります。
記憶が戻る前の私はこれが好物だったらしいのですが……前世の舌が戻った今となっては、なかなか厳しいものがあります。
ですがジェイを悲しませるわけにはいきません。
「いつもの味だけど……もっと美味しくできないかなって思ったの」
にこっと笑って誤魔化しました。
そう。
この世界の料理は――
**正直、あまり美味しくありません。**
香辛料を大量投入。
砂糖を山ほど使用。
それが「贅沢料理」なのです。
ですが私から言わせれば――
**食材への冒涜です。**
素材の味を殺してどうするんですか。
香辛料臭くて辛いだけの料理なんて、何が美味しいのやら。
「……これは改革が必要かしら」
思わず呟くと、
「お嬢様?」
ジェイが首をこてんと傾げました。
……可愛い。
ものすごく可愛い。
ですがここで悶えている場合ではありません。
私はソファーから立ち上がりました。
「ジェイ、厨房へ行くわ。ついて来なさい」
そうして向かった先は、グランテ家の厨房です。
中に入ると、恰幅の良い料理長が振り向きました。
「これはこれはレスティーナお嬢様。こんな所に来られるとは珍しい」
にこにこと笑う料理長ダン。
私は首をこてんと傾けました。
「厨房の一角と、人を一人貸してもらえるかしら?」
するとダンの顔が一瞬で緩みました。
「もちろんですとも!」
……うん、やっぱり。
私の容姿は妖精レベルらしいので、こういう反応になります。
便利ですね。
「ダンには昼食の仕込みがあるでしょう?それを優先して頂戴」
「では……ヨル! お嬢様のお手伝いを」
呼ばれて前に出てきたのは、十代半ばほどの少年でした。
……おや?
**かなりの美形です。**
今はまだ少年ですが、あと五年もすれば確実にイケメンになりますね。
「私はレスティーナよ。よろしくね、ヨル」
微笑むと、
「よろしくお願いします」
ヨルは少し胡散臭そうな目でこちらを見ました。
まあ、そうでしょうね。
子供が厨房で料理すると言い出したのですから。
ですが――
今日は驚かせてあげますよ。
「楽しい料理をしましょう。まず香辛料は何があるかしら?」
ヨルが並べた瓶を見た瞬間。
私の目が輝きました。
クミン。
コリアンダー。
カルダモン。
ターメリック。
カイエンペッパー。
オールスパイス。
これは――
**カレーが作れるじゃないですか!**
「ヨル、この香辛料を今から言う配合で調合して頂戴」
私は黄金比を伝えました。
異世界でも香辛料の名前が同じで、本当に助かります。
ヨルは手際よく調合を始めました。
一方でジェイには材料の下準備を頼みます。
しばらくして。
「終わりましたよ、お嬢様」
ヨルがむすっとした顔で言いました。
ふふ。
その表情がどう変わるか――
楽しみですね。
**私の料理革命、ここに開幕です。**




