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「悠久が歩く森」



雪が降っている。

今日は村では新年のお祭りだったから、森の方を見てた。

僕が生まれた日でもある。

毎年祝ってくれたから忘れるわけなんかないと信じていた。

見つけた。

長い髪の彼女が森の端に立っていた。


僕が手を振ると、彼女も手を振った。

ちぎれるほど手を振った。

そっちへ行くよ、と手の振りで伝えると彼女は首を振って、森へ消えていった。

彼女の家族は村にいるのに。


全部僕のせいだった。


古い古い禁じられた森は人間よりずっと前からあり、そこでは悠久が歩いている。

だから、僕らが森に入っていいのは悠久が眠っている間だけだった。


悠久は人には想像もつかないあんまりにも長い時を自分に溜め込んでいて人が出会ったら何が起こるかわからないから。


僕らは森に入った。

悠久が眠っているときに。

そして大人たちとはぐれてしまった。


そして彼女が森で死にかけたのだ。


僕は必死で古い古い立派な大樹まで彼女を引きずっていった。

根本には苔の生えた大きな石が木に抱き込まれるようにしてある。

短すぎる命の人や動物の言葉は、悠久には伝わらない。

けれど長い寿命を経た樹木や石とはたまに会話すると言われていた。

古い大樹と岩がある場所は、悠久が足を止めて彼らと談笑すると。


僕は彼女が死なない奇跡を古い大樹に訴えた。

それを森の悠久に伝えてくれるように泣きながら願った。

悠久は人には不可能なことができる神様だから。


悠久はやってきた。大きな角の白い光る鹿として。

彼女に触れた。

彼女の血は止まり、髪は伸び背は伸び、白く光る大人の姿になった。

彼女は死ななかったのだ。

起き上がって目を覚まし、僕を悲しそうに見てから微笑んで悠久と森の奥へ歩いていった。

追いかけようとした僕に大樹の根が絡んで転んでしまい彼女は消えてしまった。


彼女が森のものになったことを僕は理解した。

村では生きていけないだろう。

だって村には一夜にして大人になる子どもも、白く光る大人もいなかったから。


僕は村に帰って、村の聞こえと呼ばれる者と六日間過ごした。

聞こえは、森の噂を聞く。

時には地に耳をつけて、風のざわめきに耳を澄まして、雨粒のリズムを数えて。

それで森に入っていい日、悠久が眠りにつく日を判断していた。


それはうっかり悠久の通った跡がうすれないうちに森に触れてしまった者の役目だ。

今の聞こえは、片腕から蔓が生えている。

前の聞こえは足が骨になったという。

そして僕は、耳が石になっていた。



僕の眠りからも心臓からも、森の声は聞こえない。だからこの子はまだ村のもので人のものだと聞こえに判断されて解放されてから、根掘り葉掘り聞かれた。


彼女の葬儀が森から見えるように派手に行われた。

彼女がまだ村のものであると勘違いして村に帰って来ないように。


でも僕の生まれた新年に彼女は姿を見せて僕を祝ってくれた。


彼女と同じ背丈になったら、僕も森に入ろう。

そう思っていた。

だけど、僕が大きくなる前に彼女が夢の中に訪れた。


悠久は、どこかで行われているセンソウというものに嫌気がさして世界の表から去りたがっているのだという。

森が焼かれて悲鳴ばかり聞こえるものらしい。


それは悠久の中に濁った血が入ってきて美しい情景を壊していく毒のようなものらしい。


だからもう永遠に会いにいきたいのだと。

この世に生じた悠久はあらゆる美しいものを味わうと永遠に会いにいくものだと。

永遠に合流して遠くの未来まで流れ込む一つの音楽のような流れになることを悠久は決めた。


彼女もついていくらしい。

僕も行きたいというと、彼女を困らせてしまった。


悠久がいなくなると、これから森に入れる日が増える。

その代わり、人の嫌いな獣や木々が襲うこともあるだろうから森から糧を得るならば身を守るものを持っていきなさい、森とうまくやっていきたいなら賢い穏和な森のものを見出だして敬いなさいとの伝言だった。


僕はとてもわがままな子どもだった。

彼女を連れていってほしくないから、弓矢を持って悠久を殺そうと思った。


僕は聞こえとして、森の気配がわかった。悠久が歩くと、森は恐れる。

命が枯れ、命が芽生える。

悠久が歩くと、森は憧れ酩酊して混乱する。

全ての季節と天候と良いときと悪いときが一緒にやってくるから。

僕の耳は石だったから、木よりも風よりも難解な石の言葉が理解でき、悠久がどこら辺りにいるのかわかった。

木よりも、石の方が悠久と話していた。


でも自分ではじめて作った弓矢はうまく飛ばなくて失敗して自分の血を流してしまった。

とても丹念に矢の先を尖らせたのに。

悠久はたぶん、笑ったんだと思う。


彼女が悲鳴を上げて、それから何かを言っているのが聞こえた。

僕はそれを聞けて嬉しかった。

彼女のおしゃべりを聞くのが好きだったから。


それからのことを覚えていてくれる僕をまだ見つけていない。

悠久の笑い声を聞いて、僕はなん十羽の鳥にバラけてしまったんだ、と彼女は教えてくれた。


久々に笑わせたお礼に彼女の願いを聞いてくれて、悠久は彼女を置いていってくれたらしい。

彼女は森を歩き回って、僕を見つけている。

僕の残りは後、五六羽じゃないかななんて言いながら。


悠久はいってしまったけど、それを知らないものは彼女のことを悠久が歩いているよ、と噂しているらしい。


いつか彼女自身が悠久になって不思議な力を身につけて僕を元に戻してくれるために。美しいものやきれいなものをたくさん見てたくさん世界を歩き回りましょうね、と彼女は言う。


そうだね、と何羽もの僕が色んな鳴き声で同意して

彼女はとてもおかしそうに笑った。


〈おわり〉

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