表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
期待しない女は、最後に選ばれる  作者: 篠宮しずく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/16

第8話 比べてしまっただけ

 比べてしまっただけだ。


 それ以上の意味は、ない。

 ……ない、はずだった。



 その日、総務に他部署の男性が用事で訪れた。


「白石さん、これお願いします」


 年齢は同じくらい。

 話し方も丁寧で、特に嫌なところはない。


 以前から、何度か話したことがある人だ。


「ありがとうございます。助かります」


「いえ。白石さんって、いつも落ち着いてますよね」


 そう言って、少し照れたように笑う。


 ――あ。


 その瞬間、私は気づいてしまった。


 この人、私に好意を持っている。


 それ自体は、珍しいことじゃない。

 大人になれば、好意はもっと静かに、分かりにくくなる。



「今度、時間が合えば」


 言いかけた言葉の続きを、私は聞かなかった。


「すみません。次の予定があって」


 嘘ではない。

 でも、少しだけ急ぎすぎた。


 男性は「あ、そうですよね」と引き下がり、

 それ以上踏み込んでこなかった。


 それが、普通だ。



 席に戻ってからも、胸の奥がざわついていた。


 嫌だったわけじゃない。

 怖かったわけでもない。


 ただ。


 ――違う。


 その感覚が、はっきりしすぎていた。



 なぜ、違うと思ったのか。


 答えはすぐに浮かんで、

 私はそれを必死に否定した。


 比べただけ。

 高瀬さんと。


 それだけだ。



 昼休み、社員食堂で席を探していると、

 高瀬さんがこちらに気づいて軽く手を挙げた。


「白石さん」


 その声を聞いた瞬間、

 さっきまでのざわつきが、すっと落ち着く。


 ――だから、だめだ。


 私は心の中で、何度目かの警告を鳴らす。



 向かいに座る。


 会話は、いつも通り。


「今日は忙しそうでしたね」


「少しだけ」


「無理してませんか」


 それは、特別な言葉じゃない。

 誰にでも言える。


 でも、さっきの男性と、自然に比べてしまう。


 言葉の重さ。

 視線の置き方。

 間の取り方。


 ――違う。



「……どうかしました?」


 高瀬さんが、私の表情に気づいた。


「いえ」


 私はすぐに笑う。


 気づかれてはいけない。

 自分の中の変化に。



 午後、仕事に集中しようとしても、

 頭の片隅で、さっきの出来事が何度も再生される。


 もし、あの人の誘いを受けていたら。


 もし、高瀬さんと出会っていなかったら。


 考えた瞬間、胸の奥が冷える。


 ――考えるな。



 帰り際、エレベーターで高瀬さんと二人きりになった。


 沈黙。


「……今日は、お疲れさまでした」


「高瀬さんも」


「最近、忙しいですよね」


「はい。でも……」


 言いかけて、止める。


 この先を言葉にしたら、

 きっと、何かが変わってしまう。



 駅までの道。


 並んで歩きながら、私は思う。


 比べてしまっただけ。

 それだけなのに。


 どうして、こんなにも心がざわつくのだろう。



 改札前で別れる。


「お疲れさまでした」


「はい」


 高瀬さんが、少しだけ迷ってから言った。


「……白石さん」


「はい」


「何かあったら、無理しないでください」


 また、その言葉。


 安心。

 落ち着く。


 そして――逃げ場。



 帰宅後、ソファに腰を下ろし、

 私は今日一日を思い返す。


 好意を向けられたこと。

 断ったこと。

 そして、比べてしまったこと。


 私は、ゆっくりと結論を出す。


 恋じゃない。

 ただ、慣れているだけ。


 高瀬さんと一緒にいる時間に。


 ――そうでなければ、困る。


 そう思わなければ、

 私は、また同じ場所で立ち止まってしまうから。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ