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期待しない女は、最後に選ばれる  作者: 篠宮しずく


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第6話 連絡が増えただけ

 連絡が増えただけだ。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 私は、そう思うことにした。



 朝、スマートフォンの通知に気づいたのは、駅に向かう途中だった。


〈高瀬〉

〈昨日の件、先方から返事が来ました〉


 業務連絡。

 何の問題もない。


 私は立ち止まらず、そのまま画面をスクロールする。


〈午後、少し確認できると助かります〉


 いつも通りの文面。

 余計な言葉も、感情もない。


 なのに。


 胸の奥が、ほんのわずかに動いた。


 ――気のせい。


 私は歩く速度を少しだけ速めた。



 午前中の仕事を終え、指定された時間に企画部のフロアへ向かう。


「ありがとうございます。助かります」


 資料を受け取りながら、高瀬さんはいつものように穏やかに言った。


「こちらこそ」


 それだけで終わるはずだった。


「……あ、そうだ」


 高瀬さんが思い出したように声をかける。


「昨日の件とは別なんですが、この書式、少し変わりそうで」


 資料を差し出される。


 確かに仕事の話。

 でも、わざわざ直接持ってくるほど急ぎでもない。


 そう思った瞬間、私はその考えを打ち消した。


 深読みはしない。

 期待につながるから。



 昼前、またスマートフォンが震えた。


〈高瀬〉

〈先ほどの件、補足です〉


 短い文章。

 それだけ。


 でも、今日だけで何度目だろう。


 業務連絡が続くこと自体は珍しくない。

 それでも、相手が決まっていると、少しだけ意識してしまう。


 ――仕事だから。


 私は、自分に言い聞かせる。



 昼休み、社員食堂で席を探していると、高瀬さんが目に入った。


 彼は一人で、窓際の席に座っている。


 目が合う。


「……白石さん」


「こんにちは」


「よかったら、こちらどうですか」


 自然な誘い方。

 断る理由は、やはりなかった。



 向かい合って座る。


 会話は、仕事の延長線上にあるような内容ばかりだった。


「最近、忙しそうですね」


「月末なので」


「ですよね」


 それだけのやり取り。


 なのに、なぜか居心地がいい。



「……連絡、多くてすみません」


 不意に、高瀬さんが言った。


「いえ。仕事ですから」


 私は即答する。


 そう。

 仕事だ。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 高瀬さんは少しだけ、安堵したように笑った。


「そう言ってもらえると、助かります」


 その笑顔が、胸に残る。


 ――だから、だめだ。



 午後、デスクに戻ると、また通知が来ていた。


〈高瀬〉

〈無理のない範囲で大丈夫です〉


 その一文に、指が止まる。


 業務連絡にしては、少しだけ柔らかい。


 でも、それを指摘するほどではない。

 勘違いだと言われれば、それまでだ。


 私は「了解しました」とだけ返す。



 仕事を終え、帰り支度をしていると、今日一日のやり取りを思い返してしまう。


 何度も交わした連絡。

 何度も目が合ったこと。

 何度も名前を呼ばれたこと。


 それでも。


 私は結論を変えない。


 連絡が増えただけ。

 距離が近づいたわけじゃない。


 これは恋じゃない。



 改札を抜ける前、スマートフォンがまた震えた。


〈高瀬〉

〈今日はありがとうございました〉


 一瞬、画面を見つめる。


 仕事に対する礼。

 それだけのはず。


 私は短く返事を打つ。


〈こちらこそ〉


 送信してから、少しだけ後悔した。


 ――もっとそっけなくすればよかった。


 そんなことを考えてしまった自分に、私は小さくため息をつく。



 連絡が増えただけ。


 そう言い聞かせながら、

 私は今日も、期待しない選択を続けている。


 けれど。


 増えた連絡の一つ一つが、

 確実に私の日常に入り込んでいることに、

 私はまだ、気づかないふりをしていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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