第6話 連絡が増えただけ
連絡が増えただけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
私は、そう思うことにした。
◇
朝、スマートフォンの通知に気づいたのは、駅に向かう途中だった。
〈高瀬〉
〈昨日の件、先方から返事が来ました〉
業務連絡。
何の問題もない。
私は立ち止まらず、そのまま画面をスクロールする。
〈午後、少し確認できると助かります〉
いつも通りの文面。
余計な言葉も、感情もない。
なのに。
胸の奥が、ほんのわずかに動いた。
――気のせい。
私は歩く速度を少しだけ速めた。
◇
午前中の仕事を終え、指定された時間に企画部のフロアへ向かう。
「ありがとうございます。助かります」
資料を受け取りながら、高瀬さんはいつものように穏やかに言った。
「こちらこそ」
それだけで終わるはずだった。
「……あ、そうだ」
高瀬さんが思い出したように声をかける。
「昨日の件とは別なんですが、この書式、少し変わりそうで」
資料を差し出される。
確かに仕事の話。
でも、わざわざ直接持ってくるほど急ぎでもない。
そう思った瞬間、私はその考えを打ち消した。
深読みはしない。
期待につながるから。
◇
昼前、またスマートフォンが震えた。
〈高瀬〉
〈先ほどの件、補足です〉
短い文章。
それだけ。
でも、今日だけで何度目だろう。
業務連絡が続くこと自体は珍しくない。
それでも、相手が決まっていると、少しだけ意識してしまう。
――仕事だから。
私は、自分に言い聞かせる。
◇
昼休み、社員食堂で席を探していると、高瀬さんが目に入った。
彼は一人で、窓際の席に座っている。
目が合う。
「……白石さん」
「こんにちは」
「よかったら、こちらどうですか」
自然な誘い方。
断る理由は、やはりなかった。
◇
向かい合って座る。
会話は、仕事の延長線上にあるような内容ばかりだった。
「最近、忙しそうですね」
「月末なので」
「ですよね」
それだけのやり取り。
なのに、なぜか居心地がいい。
◇
「……連絡、多くてすみません」
不意に、高瀬さんが言った。
「いえ。仕事ですから」
私は即答する。
そう。
仕事だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
高瀬さんは少しだけ、安堵したように笑った。
「そう言ってもらえると、助かります」
その笑顔が、胸に残る。
――だから、だめだ。
◇
午後、デスクに戻ると、また通知が来ていた。
〈高瀬〉
〈無理のない範囲で大丈夫です〉
その一文に、指が止まる。
業務連絡にしては、少しだけ柔らかい。
でも、それを指摘するほどではない。
勘違いだと言われれば、それまでだ。
私は「了解しました」とだけ返す。
◇
仕事を終え、帰り支度をしていると、今日一日のやり取りを思い返してしまう。
何度も交わした連絡。
何度も目が合ったこと。
何度も名前を呼ばれたこと。
それでも。
私は結論を変えない。
連絡が増えただけ。
距離が近づいたわけじゃない。
これは恋じゃない。
◇
改札を抜ける前、スマートフォンがまた震えた。
〈高瀬〉
〈今日はありがとうございました〉
一瞬、画面を見つめる。
仕事に対する礼。
それだけのはず。
私は短く返事を打つ。
〈こちらこそ〉
送信してから、少しだけ後悔した。
――もっとそっけなくすればよかった。
そんなことを考えてしまった自分に、私は小さくため息をつく。
◇
連絡が増えただけ。
そう言い聞かせながら、
私は今日も、期待しない選択を続けている。
けれど。
増えた連絡の一つ一つが、
確実に私の日常に入り込んでいることに、
私はまだ、気づかないふりをしていた。
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