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期待しない女は、最後に選ばれる  作者: 篠宮しずく


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第2話 優しい距離は、心を甘やかす

 恋にならない人。

 そう判断した相手ほど、安心できる。


 高瀬さんは、まさにそういう人だった。


 挨拶はするけれど、馴れ馴れしくない。

 仕事の話はするけれど、私生活には触れない。

 必要なことだけを、必要な分だけ。


 その距離感が、心地よかった。


 恋愛をする気がない人間にとって、

 「好意を向けられないこと」は、むしろ救いになる。



 午前中の会議が終わったあと、企画部のフロアで資料の受け渡しをしていると、高瀬さんが言った。


「白石さん、これ、急ぎじゃないので午後で大丈夫です」


「ありがとうございます」


 忙しさを察してくれるところも、ありがたい。

 無理をさせない。急かさない。


 ――ああ、本当に優しい人だ。


 でも、その優しさは、私に向けられた特別なものじゃない。

 彼は、誰に対してもこうなのだろう。


 そう思えるから、安心できる。



 昼休み、いつものように一人で席を立つと、後ろから声をかけられた。


「白石さん」


 振り返ると、高瀬さんが少し戸惑った表情で立っていた。


「よかったら……一緒に行きませんか」


 一瞬、言葉を失った。


 ――一緒に?


 心臓が跳ねる前に、私は自分に言い聞かせる。


 大丈夫。

 これは恋じゃない。

 ただの、昼食。


「はい」


 自然にそう答えられた自分に、少し驚いた。



 社員食堂は、昼時で賑わっていた。

 二人で並んでトレイを持つ。その距離が、妙に落ち着かない。


「白石さん、いつもこの時間ですか」


「はい。人が多くなる前に」


「分かります」


 共感されるだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 会話は仕事のことばかりだった。

 週末の予定も、恋愛の話も出ない。


 それが、ありがたかった。


 踏み込まれない。

 詮索されない。


 私は、この距離を保ちたい。



「白石さんって……」


 食事の途中、高瀬さんが言葉を探すように視線を泳がせた。


「すごく、落ち着いてますよね」


「そうですか?」


「ええ。一緒にいると、安心します」


 ――安心。


 その言葉が、胸に残る。


 恋愛で言われる「安心」は、いつも危険だ。

 それは往々にして、「刺激が足りない」と同義になる。


 私は笑って、曖昧に受け流した。


「仕事してるときだけですよ」



 午後、仕事に戻っても、昼休みの会話が頭から離れなかった。


 特別なことは何もなかった。

 それなのに、なぜか心が柔らかくなっている。


 ――危ない。


 私は心の中で、そう警戒する。


 優しい距離は、人を油断させる。

 油断したところに、期待が入り込む。



 帰り際、エレベーター前で高瀬さんと一緒になった。


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ」


 扉が開き、乗り込む。


「白石さん」


 また、名前を呼ばれる。


「無理、しすぎないでくださいね」


 それだけ。

 本当に、それだけなのに。


 胸の奥が、少しだけ苦しくなった。


 私は、頷くだけで何も言えなかった。



 帰宅して、コートを脱ぎ、部屋の明かりをつける。


 一人分の夕食。

 静かな部屋。


 なのに、今日は少しだけ、空気が違った。


 ――安心してはいけない。


 私はもう一度、自分に言い聞かせる。


 高瀬さんは、恋にならない人。

 そう思い込むことでしか、私は自分を守れない。


 それでも、心のどこかで。


 この「優しい距離」が、

 ずっと続けばいいのに、と思ってしまった自分がいた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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