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期待しない女は、最後に選ばれる  作者: 篠宮しずく


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最終話 最後に選ばれる

 朝、目が覚めたとき、

 胸の奥は不思議なほど静かだった。


 昨日の会話を、

 何度も反芻して眠りについたはずなのに。


 期待も、不安も、

 どちらも抱えたままなのに。


 ――私は、もう逃げていない。


 それだけで、

 十分だった。



 出社すると、

 企画部のフロアが少しだけざわついていた。


 理由はすぐに分かった。


「高瀬さん、来てないね」


 真琴の声。


「朝一で部長と話してるらしいよ」


 その言葉を聞いても、

 私は何も言わなかった。


 心臓は、静かだった。



 午前中の仕事を終えた頃、

 内線が鳴った。


「白石さん、少しいいですか」


 高瀬さんの声。


 迷いのない、

 はっきりとした声だった。


「はい」



 指定された会議室に入ると、

 高瀬さんは既に立っていた。


「急に呼び出して、すみません」


「大丈夫です」


 扉が閉まる。


 逃げ場のない、

 でも居心地のいい静けさ。



「昨日は、ありがとうございました」


「……こちらこそ」


「考えました」


 その一言で、

 十分だった。



「選ばないことで、

 誰も傷つけないつもりでいました」


 高瀬さんは、

 視線を逸らさずに続ける。


「でも、それは違った」



「由依さんを、

 曖昧な場所に立たせていたのは、

 僕でした」


 言い訳は、なかった。



「一緒にいたい、じゃなくて」


 一拍、置く。


「一緒に生きたい」


 その言葉は、

 静かで、でも重かった。



「選びます」


 短く、

 はっきりと。



「もし……」


 高瀬さんは、

 一度だけ言葉を探した。


「それでも、もう遅いと言われても、

 受け止めます」


 その覚悟が、

 何よりの答えだった。



 私は、

 すぐには返事をしなかった。


 待たせたかったわけじゃない。


 ただ、

 自分の心を確かめたかった。



 期待しないことで、

 守ってきた自分。


 選ばれないと、

 決めつけていた自分。


 そのどれもが、

 静かにほどけていく。



「高瀬さん」


「はい」


「私は……」


 一度、息を吸う。


「選ばれたいと思っていました」


 正直な言葉だった。



「でも、

 選ばれなくても立てる場所を、

 先に選びました」


 高瀬さんは、

 黙って聞いている。



「今は」


 私は、

 少しだけ笑った。


「選ばれても、

 大丈夫です」



 高瀬さんの表情が、

 ゆっくりと変わる。


 安堵と、

 覚悟と、

 責任。



 言葉は、もう要らなかった。



 その日の帰り道、

 駅までの道を並んで歩く。


 距離は、

 以前と同じ。


 でも、

 立っている場所が違う。



「由依さん」


「はい」


「……由依」


 名前を呼ばれる。


 今度は、

 逃げない。



 改札前で立ち止まる。


 手が、そっと触れる。


 握られることはなかった。


 でも、

 離れることもなかった。



 それで、十分だった。



 私はもう、

 期待しない女ではない。


 期待して、

 失うことを恐れない女でもない。



 私は、

 最後に選ばれる女になった。


 それは、

 誰かに与えられた称号じゃない。


 自分で立ち、

 自分で選び、

 その上で選ばれた――

 ただ、それだけのこと。



 駅のホームで、

 電車を待ちながら思う。


 きっとこれからも、

 不安はなくならない。


 でも。


 選ばれない場所に、

 戻ることはない。


 それだけは、

 もう分かっていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

この物語は、「期待しないことで自分を守ってきた人が、もう一度誰かと向き合うまで」の話でした。


大きな事件も、派手な展開もありません。

告白が遅く、すれ違いばかりで、

読んでいてもどかしい場面も多かったと思います。


それでも最後まで付き合ってくださったこと、

本当に感謝しています。


由依は、

「最後に選ばれた」わけではありません。

先に、自分の立つ場所を選び、

曖昧な関係から降りた結果、

その上で“選ばれた”のだと思っています。


そして高瀬もまた、

誰かを選ぶことの重さから逃げ続け、

最後にようやく、自分で責任を引き受けました。


この二人の関係が成立したのは、

優しさや相性だけではなく、

それぞれが「逃げない選択」をしたからだと、

作者としては考えています。


もしこの物語のどこかで、

「分かる」「苦しい」「でも目を逸らせない」

そんな瞬間があったなら、

それはきっと、あなた自身の記憶や感情と

重なった部分があったからだと思います。


感想は、

一言でも、途中の話数についてでも構いません。

「この場面が辛かった」

「この言葉が刺さった」

そんな声をいただけたら、とても嬉しいです。


ここまで一緒に歩いてくださって、

本当にありがとうございました。


またどこかで、

静かだけれど心に残る物語をお届けできたらと思います。

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