第15話 選ばせる女
連絡が来たのは、業務時間が終わってからだった。
〈高瀬〉
〈少し、話せますか〉
短い一文。
言い訳も、理由も書かれていない。
私は、すぐには返事をしなかった。
◇
シャワーを浴びて、髪を乾かす。
一日の疲れが、少しずつ落ちていく。
それでも、
胸の奥は落ち着かなかった。
――話す、とは何を。
期待しない。
もう、そう決めたはずなのに。
◇
スマートフォンを手に取り、画面を見る。
未読のままのメッセージ。
以前なら、
すぐに返していたかもしれない。
でも、今は違う。
私は、逃げない。
でも、迎えにも行かない。
◇
〈今、大丈夫です〉
短く返して、
それ以上は書かない。
◇
待ち合わせは、会社近くのカフェだった。
仕事帰りの人で、ほどよく賑わっている。
高瀬さんは、先に来ていた。
「ありがとうございます」
立ち上がりかけて、
私の様子を見て、座り直す。
その仕草が、
少しだけぎこちない。
◇
「最近……」
高瀬さんが、口を開く。
「距離を取られている気がして」
私は、否定しなかった。
「そうですか」
事実だから。
◇
「何か、気に障ることを――」
「ありません」
遮るように、
でも静かに言う。
責める気は、ない。
◇
沈黙が落ちる。
以前なら、
この沈黙が怖くて、
何か言葉を足していた。
今日は、足さない。
◇
「……白石さん」
「由依で、大丈夫です」
その言葉が、
高瀬さんの動きを止めた。
◇
「由依さん」
呼ばれる。
でも、もうそれだけでは、
心は動かない。
◇
「僕は……」
高瀬さんが、言葉を探す。
私は、待つ。
急かさない。
でも、助け舟も出さない。
◇
「中途半端なことをしていたと思います」
ようやく、
その言葉が出てきた。
◇
「由依さんを大切にしているつもりで、
何も決めずにいた」
私は、頷くだけだった。
否定もしないし、
肯定もしない。
◇
「それで……」
高瀬さんは、少し息を吸う。
逃げ道を探すような、
その間。
◇
私は、ここで初めて、口を開いた。
「高瀬さん」
「はい」
「私は、もう」
一拍、置く。
「選ばれない関係には、戻りません」
声は、震えていなかった。
◇
「一緒にいたい、だけでは足りないんです」
「……」
「安心できる、だけでも」
高瀬さんの表情が、
少しずつ変わっていく。
◇
「私は、
誰かの曖昧な場所には立ちません」
それが、
私の境界線だった。
◇
告白ではない。
要求でもない。
ただの、宣言。
◇
高瀬さんは、
しばらく黙っていた。
そして、
静かに言った。
「……考えさせてください」
逃げの言葉ではなかった。
選ぶための、
時間だと分かった。
◇
「はい」
私は、それだけ答えた。
追わない。
でも、拒まない。
◇
カフェを出て、
夜風に当たる。
胸の奥が、
少しだけ軽かった。
結果がどうであれ。
私は、
自分を取り戻した。
◇
もう、
期待しない女ではない。
でも、
期待にしがみつく女でもない。
私は、
選ばせる女になった。
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