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期待しない女は、最後に選ばれる  作者: 篠宮しずく


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第15話 選ばせる女

 連絡が来たのは、業務時間が終わってからだった。


〈高瀬〉

〈少し、話せますか〉


 短い一文。

 言い訳も、理由も書かれていない。


 私は、すぐには返事をしなかった。



 シャワーを浴びて、髪を乾かす。

 一日の疲れが、少しずつ落ちていく。


 それでも、

 胸の奥は落ち着かなかった。


 ――話す、とは何を。


 期待しない。

 もう、そう決めたはずなのに。



 スマートフォンを手に取り、画面を見る。


 未読のままのメッセージ。


 以前なら、

 すぐに返していたかもしれない。


 でも、今は違う。


 私は、逃げない。

 でも、迎えにも行かない。



〈今、大丈夫です〉


 短く返して、

 それ以上は書かない。



 待ち合わせは、会社近くのカフェだった。


 仕事帰りの人で、ほどよく賑わっている。


 高瀬さんは、先に来ていた。


「ありがとうございます」


 立ち上がりかけて、

 私の様子を見て、座り直す。


 その仕草が、

 少しだけぎこちない。



「最近……」


 高瀬さんが、口を開く。


「距離を取られている気がして」


 私は、否定しなかった。


「そうですか」


 事実だから。



「何か、気に障ることを――」


「ありません」


 遮るように、

 でも静かに言う。


 責める気は、ない。



 沈黙が落ちる。


 以前なら、

 この沈黙が怖くて、

 何か言葉を足していた。


 今日は、足さない。



「……白石さん」


「由依で、大丈夫です」


 その言葉が、

 高瀬さんの動きを止めた。



「由依さん」


 呼ばれる。


 でも、もうそれだけでは、

 心は動かない。



「僕は……」


 高瀬さんが、言葉を探す。


 私は、待つ。


 急かさない。

 でも、助け舟も出さない。



「中途半端なことをしていたと思います」


 ようやく、

 その言葉が出てきた。



「由依さんを大切にしているつもりで、

 何も決めずにいた」


 私は、頷くだけだった。


 否定もしないし、

 肯定もしない。



「それで……」


 高瀬さんは、少し息を吸う。


 逃げ道を探すような、

 その間。



 私は、ここで初めて、口を開いた。


「高瀬さん」


「はい」


「私は、もう」


 一拍、置く。


「選ばれない関係には、戻りません」


 声は、震えていなかった。



「一緒にいたい、だけでは足りないんです」


「……」


「安心できる、だけでも」


 高瀬さんの表情が、

 少しずつ変わっていく。



「私は、

 誰かの曖昧な場所には立ちません」


 それが、

 私の境界線だった。



 告白ではない。

 要求でもない。


 ただの、宣言。



 高瀬さんは、

 しばらく黙っていた。


 そして、

 静かに言った。


「……考えさせてください」


 逃げの言葉ではなかった。


 選ぶための、

 時間だと分かった。



「はい」


 私は、それだけ答えた。


 追わない。

 でも、拒まない。



 カフェを出て、

 夜風に当たる。


 胸の奥が、

 少しだけ軽かった。


 結果がどうであれ。


 私は、

 自分を取り戻した。



 もう、

 期待しない女ではない。


 でも、

 期待にしがみつく女でもない。


 私は、

 選ばせる女になった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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