第13話 身を引く選択
決めたわけじゃない。
ただ、
同じ場所に立ち続けるのをやめただけだ。
◇
翌朝、出社しても、私は普段と変わらない顔をしていた。
挨拶をして、
デスクに座って、
パソコンを立ち上げる。
何も変わっていない。
外から見れば、きっと。
◇
変えたのは、ほんの少しのことだった。
昼休みの時間を、ずらした。
食堂ではなく、コンビニで済ませる。
連絡が来ても、
すぐには返さない。
業務に支障が出ない程度に、
距離を戻す。
◇
逃げているわけじゃない。
戻っているだけだ。
もともと、
ここが私の位置だった。
◇
「白石さん、最近忙しそうだね」
真琴が、心配そうに言う。
「そう?」
「昼も一緒じゃないし」
「たまたま」
私は、そう答えて笑った。
説明はしない。
説明は、期待を生む。
◇
午後、企画部から内線が入った。
「白石さん、少しいいですか」
高瀬さんの声。
「はい」
会議室に向かう。
扉を閉めると、
静かな空気が落ちた。
◇
「最近……」
高瀬さんが、言葉を探す。
「何か、変わりました?」
私は、少し考えてから答える。
「変わってません」
嘘ではない。
私は、元に戻っただけだ。
◇
「そうですか」
その返事に、
わずかな戸惑いが混じる。
でも、それ以上は踏み込んでこない。
踏み込ませないように、
私は立っている。
◇
仕事の話を終え、
会議室を出る。
以前なら、
一緒にエレベーターに乗っていた。
今日は、時間をずらした。
◇
駅までの道も、一人。
歩きながら、
胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じる。
寂しさじゃない。
諦めに近い、
静かな安堵だった。
◇
――これでいい。
私は、そう思う。
選ばれない関係に、
慣れてしまう前に。
◇
夜、スマートフォンが震えた。
〈高瀬〉
〈最近、忙しいですか〉
私は、少しだけ画面を見つめる。
そして、短く返した。
〈少しだけ〉
それ以上は、書かない。
◇
返事は、すぐに来なかった。
それが、
答えのように思えた。
◇
ベッドに横になり、
天井を見つめる。
何かを失った感覚は、
まだない。
でも、
これ以上失わないために、
私はここで止まる。
◇
期待しない女に、戻る。
それが、
自分を守るための選択だった。
それでも。
心のどこかで、
ほんの少しだけ思ってしまう。
――もし、ここで振り向かれたら。
その考えを、
私は静かに、消した。
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