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期待しない女は、最後に選ばれる  作者: 篠宮しずく


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第11話 それでも恋じゃない

 結論は、もう出ている。


 何度も考えた。

 何度も確かめた。


 それでも、変わらない。


 これは恋じゃない。



 朝、身支度をしながら、私は鏡に映る自分を見つめた。


 特別な変化はない。

 顔色も、表情も、昨日と同じ。


 それなのに、胸の奥だけが、少しだけ騒がしい。


 ――考えすぎだ。


 私は、リップを引きながら小さく息を吐く。



 出社すると、高瀬さんが既に席にいた。


「おはようございます」


「おはようございます、由依さん」


 自然に名前で呼ばれる。


 それに、自然に返事をする。


 それが、もう当たり前になっている。



 午前中の仕事は、特に問題なく進んだ。


 資料の確認。

 電話対応。

 メールのやり取り。


 合間に交わす、短い会話。


「無理、してませんか」


「大丈夫です」


 そのやり取りにも、慣れてしまった。



 昼休み、食堂へ向かう途中で、ふと思う。


 最近、誰と食べているだろう。


 答えは、すぐに浮かぶ。


 ――高瀬さん。


 それを思い出した瞬間、

 胸の奥がきゅっと縮む。


 でも、私は立ち止まらない。



 席に着くと、向かいに高瀬さんが座った。


「今日は、少し落ち着いてますね」


「そうですね」


 会話は、いつも通り。


 踏み込まない。

 詮索しない。


 それが、ちょうどいい。



「由依さん」


 不意に呼ばれる。


「はい」


「……いえ」


 また、それ。


 言いかけて、やめる。


 私は、何も聞かない。


 聞けば、何かを期待してしまうから。



 午後、少しだけ疲れを感じた。


 集中力が切れて、

 画面の文字が頭に入らなくなる。


「少し、休憩したほうがいいですよ」


 高瀬さんの声。


「ありがとうございます」


 それ以上は、言わない。


 頼らない。

 甘えない。


 それが、私の選んだ距離だ。



 仕事を終え、帰り支度をする。


 今日は、エレベーターで一緒にならなかった。


 それだけで、少しだけ胸が落ち着く。


 ――ほら。


 やっぱり、恋じゃない。


 離れても、平気だ。



 駅までの道を一人で歩きながら、私は自分に言い聞かせる。


 高瀬さんは、いい人だ。


 優しくて、穏やかで、安心できる。


 でも。


 恋は、もっと違う。


 もっと不安で、

 もっと振り回されて、

 もっと、どうしようもなくなるものだ。


 今の私は、そこまでいっていない。



 家に帰り、靴を脱ぐ。


 静かな部屋。


 一人分の夕食。


 その日常は、何も変わらない。


 だから、結論は正しい。


 これは恋じゃない。



 スマートフォンが震える。


〈高瀬〉

〈今日は、お疲れさまでした〉


 短いメッセージ。


 私は、しばらく画面を見つめてから、返事を打つ。


〈お疲れさまでした〉


 それだけ。


 それ以上の言葉は、付け加えない。



 ベッドに横になり、目を閉じる。


 今日一日を振り返っても、

 決定的な出来事は、何もなかった。


 だから。


 これは恋じゃない。


 そう、結論づける。


 けれど――


 高瀬さんの名前を思い浮かべた瞬間、

 胸の奥が、ほんの少しだけ痛んだ。


 その痛みから目を逸らしながら、

 私は、無理やり眠りにつく。


 これが、

 私の選んだ答えだった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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