第11話 それでも恋じゃない
結論は、もう出ている。
何度も考えた。
何度も確かめた。
それでも、変わらない。
これは恋じゃない。
◇
朝、身支度をしながら、私は鏡に映る自分を見つめた。
特別な変化はない。
顔色も、表情も、昨日と同じ。
それなのに、胸の奥だけが、少しだけ騒がしい。
――考えすぎだ。
私は、リップを引きながら小さく息を吐く。
◇
出社すると、高瀬さんが既に席にいた。
「おはようございます」
「おはようございます、由依さん」
自然に名前で呼ばれる。
それに、自然に返事をする。
それが、もう当たり前になっている。
◇
午前中の仕事は、特に問題なく進んだ。
資料の確認。
電話対応。
メールのやり取り。
合間に交わす、短い会話。
「無理、してませんか」
「大丈夫です」
そのやり取りにも、慣れてしまった。
◇
昼休み、食堂へ向かう途中で、ふと思う。
最近、誰と食べているだろう。
答えは、すぐに浮かぶ。
――高瀬さん。
それを思い出した瞬間、
胸の奥がきゅっと縮む。
でも、私は立ち止まらない。
◇
席に着くと、向かいに高瀬さんが座った。
「今日は、少し落ち着いてますね」
「そうですね」
会話は、いつも通り。
踏み込まない。
詮索しない。
それが、ちょうどいい。
◇
「由依さん」
不意に呼ばれる。
「はい」
「……いえ」
また、それ。
言いかけて、やめる。
私は、何も聞かない。
聞けば、何かを期待してしまうから。
◇
午後、少しだけ疲れを感じた。
集中力が切れて、
画面の文字が頭に入らなくなる。
「少し、休憩したほうがいいですよ」
高瀬さんの声。
「ありがとうございます」
それ以上は、言わない。
頼らない。
甘えない。
それが、私の選んだ距離だ。
◇
仕事を終え、帰り支度をする。
今日は、エレベーターで一緒にならなかった。
それだけで、少しだけ胸が落ち着く。
――ほら。
やっぱり、恋じゃない。
離れても、平気だ。
◇
駅までの道を一人で歩きながら、私は自分に言い聞かせる。
高瀬さんは、いい人だ。
優しくて、穏やかで、安心できる。
でも。
恋は、もっと違う。
もっと不安で、
もっと振り回されて、
もっと、どうしようもなくなるものだ。
今の私は、そこまでいっていない。
◇
家に帰り、靴を脱ぐ。
静かな部屋。
一人分の夕食。
その日常は、何も変わらない。
だから、結論は正しい。
これは恋じゃない。
◇
スマートフォンが震える。
〈高瀬〉
〈今日は、お疲れさまでした〉
短いメッセージ。
私は、しばらく画面を見つめてから、返事を打つ。
〈お疲れさまでした〉
それだけ。
それ以上の言葉は、付け加えない。
◇
ベッドに横になり、目を閉じる。
今日一日を振り返っても、
決定的な出来事は、何もなかった。
だから。
これは恋じゃない。
そう、結論づける。
けれど――
高瀬さんの名前を思い浮かべた瞬間、
胸の奥が、ほんの少しだけ痛んだ。
その痛みから目を逸らしながら、
私は、無理やり眠りにつく。
これが、
私の選んだ答えだった。
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