第10話 選ばないという選択(高瀬視点)
最近、自分が同じことを繰り返している気がしてならない。
それに気づいたのは、
白石由依の名前を、何の迷いもなく呼ぶようになってからだった。
◇
「由依さん」
口に出してから、
ああ、と内心で息をつく。
もう、引き返せないところまで来ている。
それなのに、
決定的な一歩だけは踏み出さない。
――いや、踏み出せない。
◇
彼女は、静かな人だ。
前に出ない。
無理を言わない。
誰かに期待しているようにも見えない。
それが、ひどく楽だった。
同時に、
危険でもあった。
自分が、甘えてしまうからだ。
◇
連絡が増えていることには、気づいている。
業務連絡。
その言葉でいくらでも誤魔化せる程度に、
少しずつ、頻度を上げている。
彼女が嫌がっていないことも、分かっている。
だから余計に、
自分が卑怯だと思う。
◇
以前、婚約していた人がいた。
結婚の話が現実味を帯びたとき、
仕事、家族、環境――
選択肢が一気に押し寄せてきた。
そのときの自分は、
「大丈夫だ」「何とかなる」と言いながら、
何も決めなかった。
結果、
彼女は一人で悩み、
一人で限界を迎え、
去っていった。
守ると言いながら、
守れなかった。
◇
由依さんと話していると、
その記憶が、時々胸を叩く。
優しくしているつもりで、
距離を保っているつもりで、
実は一番楽な場所に立っているのは、自分だ。
◇
「高瀬さん」
彼女に呼ばれるたび、
少しだけ、胸が痛む。
名前を呼び返すたび、
踏み込んでいる自覚がある。
それでも、
決定的な言葉は言わない。
言ってしまえば、
同じことを繰り返すかもしれないから。
◇
選ぶ、という行為は重い。
選んだ以上、
守れなかったときの責任も引き受けなければならない。
もう二度と、
「選ばなかった自分」を突きつけられたくない。
だから、今度は――
選ばない。
◇
由依さんは、きっと強い。
期待していないふりをして、
自分を守る術を知っている。
それに、甘えている。
それが一番、
自分でも許せない。
◇
それでも。
彼女が他の誰かと並んでいる姿を想像すると、
胸の奥が、静かに軋む。
その感情に、名前をつけてはいけない。
つけた瞬間、
選ばなければならなくなるからだ。
◇
だから、今日も。
「無理しないでください」と言い、
「落ち着きます」とだけ伝え、
一線を越えない場所に立つ。
それが、
彼女を壊さないための選択だと、
自分に言い聞かせながら。
◇
けれど本当は、分かっている。
これは、守っているふりをした逃げだ。
彼女が何も言わないから、
何も決めずにいられる。
それが、
一番残酷だということも。
◇
もし、彼女が離れていったら。
そのとき初めて、
自分はまた同じ後悔をするのだろう。
――あのとき、選んでいれば。
そうならないために、
今は、選ばない。
その矛盾の中で、
今日も自分は、彼女の名前を呼ぶ。
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