第34話 アルゴンヌの戦い(下)
味方の偽報にひっかかったゲオルグ軍は、罠がひしめく森の中に全軍、突撃してきた。
ただでさえ視界の悪い森の中。罠に傷つき、足元をすくわれながらも、
周囲から「やったぞ!」「賊め! 観念しろ!」と剣戟の音と景気の良い声を聞かせれば、気持ちが高ぶり、だれも前進をとめることができない。
こうしてソニア軍は、ゲオルグ軍をまったく統制が取れていない状態で森の奥へと誘いこんだ。
とそこへ、
「あれ? どうしたんだ?!」物陰から偵察していたミーシャは、不思議な光景を見た。
突如、ゲオルグ軍の進軍が鈍ったかと思うと、兵士たちが腹を抑えてうずくまったり、その場で嘔吐し始めたのだ。
すると、ゲルダがそばにやってきて、
「おじさんたち、鶏の生肉が入った肉まんじゅうを食べさせたんだって」
と、複雑な表情でミーシャに教えた。
「生肉って、当たるよね……」
「死ぬほどつらいらしいわよ」
森の中は、戦意高揚していた先ほどとは打って変わり、地獄の様相を呈していた。
特に顔まで覆う兜を身に着けた騎士たちは、自分の嘔吐で溺れてしまい、のたうち回っている。
「でも、今が好機だよね」
「そうね」
そういって、ゲルダは手にした鏑矢を空に向かって射る。
それが合図となって、周囲一帯にぱっと火が付いた。
火矢が放たれ、エリサもまた、【火球】の魔法をあちこちに放ったのだ。
晩秋の森。よく燃える落ち葉がいくらでも敷き詰められている。
火はあっという間に燃え広がる。
「火だ!」「逃げろ!」「罠だ!」息も絶え絶えに、ゲオルグ軍の兵士たちは口々に叫ぶ。
「――突撃!!」
戦場のあちこちに火が付き、もうもうと白煙が上がる中、ミーシャたちは突撃した。
殺す必要はない。ともかく一撃を与えて、戦闘不能に追い込みさえすればいい。
ミーシャは木立の中を走り回り、小剣をひたすら振り回した。
白煙のせいで視界が悪い。大声を上げ続ければ、こちらが大軍であるように見せかけられる。
ゲオルグ軍は、混乱し、動揺しきっていた。
「おのれ、小娘!」
肉まんじゅうを食べなかったのか、戦意旺盛な板金鎧の騎士が、手にした長剣でミーシャに切りかかる。
ミーシャは小剣で斬撃を受け流す。騎士は小手を返して、すぐに横薙ぎに一閃。
ミーシャはひらりとその場で飛ぶと、兜に覆われた騎士の頭を踏むようにひと蹴りした。
「くっ! ワガハイの顔を踏むとは何たる屈辱!」
激高した騎士は、当たるを幸いに長剣を、ぶうん、ぶうんと振り回した。
「うわっ! こいつ、強い!」
職業軍人である騎士は、正面から迎え撃つとかなり強い。ミーシャ程度では、ふつうはかなわない。
なので、ミーシャは《力》をわずかに開放する。
どくん、と心臓が大きく脈打った。視界が一瞬赤く染まる。
すると、騎士の動きが途端に遅くなったように見えた。
(剣の軌道がああだから……ここだっ!)
騎士が両手に持った長剣を振り上げた刹那、ミーシャは下から肘を切り上げた。
まるでバターでも切るかのように、すぱん、と両腕と、ついでに首を兜ごと切り落とす。
これには、ゲオルグ軍の兵士たちがおののいた。
「うわあっ! 『鬼殺し』のミーシャだああっ!」「お、お助けぇー!」
腰が抜けて、這って逃げ出そうとする兵士の尻を、ミーシャは蹴り上げた。
蹴られた兵士は、四つん這いのままで宙を飛ぶ。
「……ッ」
そんなミーシャを、空中から飛来するいくつもの黒い影が襲う。
スコラ修道会の暗殺者たちだ。
「っと!」
ミーシャは不意を突かれて、間一髪で暗殺者のナイフを逃れた。
暗殺者たちは、無言のまま、着地と同時に隊列を組んでミーシャを襲う。
ひとりの手から丸いものが投げつけられた。ミーシャが腕で払うと、ぱっと粉末が飛び散る。
「目つぶし?!」
粉末を浴びる前に、ミーシャは飛びのいた。その隙に、暗殺者たちはさらに肉薄する。
複数人が、同時にナイフであちこちからミーシャに突きかかる。
ミーシャは飛んだ。常人離れした跳躍で、空中で宙がえりをしつつ、小剣を振るう。
「……《魔女》め!」
暗殺者のひとりがミーシャをののしると、ねじれた刃をした黒いナイフを突き出す。
(毒だな)
ミーシャは直感で感じ取り、わずかにさえ刃先に触れぬよう、突きをかわす。
暗殺者たちは、2人、3人とミーシャを囲むようにして、矢継ぎ早に突きを繰り出した。
と、そこへ、暗殺者の一人の背中に、飛来したナイフが突き刺さる。
背後を急に襲われた暗殺者が振り向くと、その喉にももう一本。
「ぐへぇ……」とうめき声をあげて、崩れ落ちた。
「応援に、来たよッ」
ミーシャの耳に、ゲルダの声。
両手にナイフを持ったゲルダが、茂みの奥から現れる。
そして素早く暗殺者に駆け寄り、ナイフの二刀流で攻め立て始めた。
ミーシャの目から見ても、ゲルダの身体能力は群を抜いていた。
素早さ勝負、手数の多さで暗殺者の一人を圧倒する。
そして、不意を突くように宙を舞い、相手の背中に回り込んでナイフを突き立てる。
その間にも、ミーシャは一人を打ち倒した。
最後の一人となった暗殺者は、たちまちのうちに逃げ出した。
「ウチは、厨房方だったけど、斥候もやってたの」
敵をすべて倒したのを見て、ゲルダはミーシャに笑いかける。
「どおりで」ミーシャも頬についた返り血をぬぐって笑う。
圧倒的味方の勝利。
エリサはどこ? ミーシャがきょろきょろとあたりを見ると、非戦闘員たちに交じって、消火にあたっていた。
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