第32話 決戦の日に向けて
さらに2日後には、次の動きがあった。
シャロンの街に残った同志からもたらされたのは、
「討伐部隊?!」
凶悪犯のミーシャ一味がアルゴンヌの森に逃げ込んだとして、討伐部隊が派遣されるという話だった。
なんでも、アルゴンヌの森に跋扈している盗賊団の客分として迎えられた、ということらしい。
「アルゴンヌの森に盗賊が出るという噂は、もともとゲオルグが流したデマらしいわ。架空の討伐部隊を自ら率いて出向いて行って、適当な革鎧や兜あたりをボロボロにしたやつを持ち帰って、自分の武功を偽装していたらしいのよ」
ゲルダがそう吐き捨てた。だが、
「しかし、今度はどうなるか、だな。もしかしたら、ワシらがここにいると感づいたのかもしれない」
元ギルマスが禿げ頭を撫でながら言う。
「ゲオルグはともかく、スコラ修道会の連中は、鼻が利きそうだ。しかし、それならもっと早く強襲するだろう」
肉まんじゅう屋のおじさんも、たっぷり肉が付いた顎を撫でながらそう言った。
「あのー。ちょっといい?」
会議の場、末席に座っていたミーシャが手を挙げる。
「どうしました?」
一番前の席に座っていたソニアが、ミーシャの発言を許可した。
「ゲオルグ側って、結局、何人ぐらい戦力がいるんですかね?」
すると、辺境伯家の中で下働きをしていたという、元文官が答える。
「歩兵は500人、騎士やお抱え魔術師は30名程度です。ただ、村落の巡回や国境警備などをしているのが半数以上ですから、動員できて兵士100名、騎士は10名程度でしょうか」
「それで、こちらの戦力は?」
「兵士が25名に、騎士が2名。あとはお2人です」
「えっと……じゃあ、だいたい4~5倍ぐらいの差があるわけだ」
「そうなりますね」
「勝てるの?」
ミーシャの言葉に、場内はシーンとする。
「地の利を活かせば、2~3倍ぐらいの差は埋められますが」
「でも、あと2~3倍分足りないなあ」
うーん、とミーシャは腕を組んで考える。
「それに、スコラ修道会の連中も来るんだろう?かなり厳しいというか、負け……」
ミーシャは続きの言葉を飲み込んだ。厳しい視線があちこちから飛んできていたからだ。
「ま、まあとにかく、普通の戦い方じゃダメだってことだろ?」
本当に、討伐部隊が来るとしたら、あと1,2日後には出発するだろう。
シャロンの街からアルゴンヌの森までは6刻(6時間)程度。早朝に出発して、昼には森に到着。
そこから手探りで戦って、数日過ごすぐらいだろうか。
「本当に、討伐部隊が来るのなら、今日明日中に、できることをやっておこう」
土牙に草絡め。その他大小の罠などを仕掛けるくらいはできるだろう。
それに、いざというときの逃走ルートも確保しておいた方がいい。
思いつく限りを、ミーシャはその場で述べた。
すべての提案が採用されたわけではないが、それでもかなりの準備は今からでも可能だった。
とたんに、廃僧院は忙しくなった。
みんながドタバタし始めると、ミーシャとエリサは、放っておかれてしまった。
しかたなく、武器の手入れや、食料などの準備を手伝う。
そんななか、エリサがきわどい話を切り出した。
「ミーシャさんは、人を殺したことがあるんですか?」
この質問に、ミーシャはぐっと押し黙った。そして、少しの間をとり、
「……あるよ。生き延びるために、仕方がなかったから」
ミーシャの答えに、エリサは無言で深くうなずいた。そして、
「……わたしもです」
その言葉に、ミーシャは息を呑んだ。
「変なことを聞いてごめんなさい。でも、どうしても、話しておきたかったから」
それからエリサは、「えへへ」とごまかし笑いをして、手元の作業に視線を落とした。
シャロンの街からの情報は、逐次届いた。
「討伐部隊が編成されて、明日早朝にはこちらに向かって進軍するようだ」
「予想通り、正規兵は100名、騎士が10名。指揮は、辺境伯直々に執るらしい」
「ゲオルグが指揮官か。なら、負ける方が難しいな」と誰かが言った。すると、会議の場にどっと笑いが起こった。
「罠はどれくらい仕掛けたんだい?」
ミーシャが聞くと、土牙に草絡め、落とし穴に逆茂木など、相当量を仕掛けたという。
「ちょっとした罠なら、年寄りでも作れるからね」と、元乳母の老婆が腕まくりした。
「それに、ちょっとしたいたずらを、途中の集落でしておいた。もしゲオルグが本当の間抜けなら、引っかかるぞ」
肉まんじゅうのおじさんも、そういって悪戯っぽく笑う。
そういえば、元ギルマスと2人で、こそこそどこかへ行っていた。
「状況によっては、シャロンの街の中で、同志が蜂起することも視野に入れています。手筈は整えました」
元文官も、自信たっぷりにそう言った。
「……みんな、ありがとう。できることはすべて、力を尽くしてくれたのですね」
それぞれの話を聞いたソニアは、席から立ち上がると、みんなに向かって頭を下げた。
「ひ、姫様。もったいない」
庭師だったという老人が、おろおろしながら、ソニアの礼に応える。
「今、わたしができることはこれくらいしかないの。本当に、ありがとう」
ソニアがなおも深々と頭を下げる。
ミーシャはその様子を見て、家臣でもないのに、不意に胸が熱くなった。
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