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第29話 騎士の一分

 しばらくの間は、騒々しい物音と気配がしていたシャロンの街だったが、半刻(30分)もしないうちに静かになった。


(騒動が収まるには、少し早いな)


 センイは、部下ともども、街の唯一の入り口から遠く離れた道端に身を潜め、様子をうかがっていた。


 (……親分、そろそろ行きますか?)


(いや、まだだ。あと半刻は待つ。そうすれば、何かあっても身を挺せば、姫様たちには追い付けまい)


 センイは、ふとタバコが吸いたいと思い、止めた。わずかの火でも、この夜更けでは目印になる。


 晩秋の、寒い夜だ。ふぅ、と息を吐けば、白い霧が一瞬沸く。


 センイは、ほの明るい月を見ながら、己の人生を振り返った。

 若いうちは、若いうちにしかできない無茶もしたし、ご嫡男とも遊びまわった。

 分別がつく年になれば、騎士として子爵領内の治安を守り、悪党どもをビシビシと取り締まった。

 貧乏騎士の家ゆえ、大した相続財産もない。だから結婚もせず、子も持たなかった。

 

 子爵が辺境伯家の奸智により乗っ取りの憂き目を見たときには、ただただ翻弄されるだけであった。

 そこから、己の生き方を変えた。

 子爵家唯一の血脈であるソニア姫を陰ながら守り、御家復興をはかる。

 そうした本心は包み隠して、腐敗した悪徳警官を演じた。その姿を、ゲオルグは簡単に信じ込んだ。

 

 善良、正義、潔白。それでは、御家復興に必要な金も情報も、十分には賄えない。

 愚直に御家復興を目指すほかの旧臣が、それぞれに夢破れて去っていく姿を見ながら、彼は耐えた。


「まあ、泥にまみれて華こそないが、悪くない人生だった」


 そういってから、彼は思わず身震いした。けして晩秋の夜気が体を冷やしたからではない。

 たった今、自分が吐いた言葉が、まるで死を目前にした者であるように思えたからだ。


(親分……何やら動きがあるようですぜ)


 やがて、壊れた鉄兜を被った子分が彼に声をかける。


 彼が街の入り口へ夜目を凝らしてみると、たいまつを持った騎馬が数頭、脇の通用門から出てきた。

 こんな時分に外へ出るなど、


(――追手でさあ)


 子分の言葉に、センイは無言でうなずく。


 センイは、迎え撃つ準備をすると、ふぅ、と大きく息を吸い込んだ。



 追手は間もなくやってきた。騎馬が近づき、通り過ぎる直前。間違いなくスコラ修道会の者であると判じた。

 センイは草むらに潜む子分たちに、無言で合図をする。

 

 通り過ぎざま、子分たちはクロスボウで騎手を、ボーラで馬の脚を狙う。

 うまく矢が当たった騎手は不意のことに落馬し、ボーラで足をからめとられた馬は転倒した。


(かかれ!)


 センイは号令一家、自らも飛び出して追手を討つ。

 完全に不意を打たれた追手たちは、まともな抵抗もできずに、センイたちの手によってすべて討ち取られた。


「よし、我らも姫様を追うぞ」


 追手を倒したこと確認したセンイたちは、そのまま夜陰に乗じて、目的地へ向かおうとした。


 とその時である。後続の一頭の騎馬が、こちらに向かって走ってきた。


「迎え撃つぞ!」


 子分たちは手に手に得物をとり、後続の騎馬に備える。

 しかしやってきた騎馬に駆け抜けざま、「ぐわっ!」「ぎゃっ!」と、たちどころに切り捨てられる。


 その場に残ったのは、センイただ1人だった。


 やがて騎馬から、一人の男がひらりと飛び降りてきた。

 

 闇夜に溶け込む黒い粗末なローブ、ウェーブのかかった黒髪、そして、鋭い目と細い口髭。


「……ヴィンセント司教!」


 男は、スコラ修道会のヴィンセント司教だった。

 手には抜き身の段平剣(ブロードソード)を下げ、冷たい目をこちらに向けている。


「やはり貴様は、子爵家の内通者だったか。この裏切り者め」


「ふふ、何をほざく。わしは元から、貴様らには忠誠を誓ってはおらぬわ」


「あの女たちはどこへ逃がした」


「どの女かのう。ワシが泣かせた女は、それこそ星の数ほどにおるわ」


「ぬかせ。素直に吐けば、このまま見逃してやる。さっさと言え」


「ほう。だれが、だれのことを見逃すというのだ」


 すぅ、とセンイは、常人には気づかれない程度に腰を落とした。


 ちろ、とヴィンセントの瞳がかすかに動く。


 その直後、センイは腰に隠したボーラを投げつける。

 と同時に、自らも低い姿勢のまま大きく踏み込んで、メイスをヴィンセントに両手で突き込んだ。


「甘い!」


 ヴィンセントはその動きを読んでいた。

 わずかに身をよじってボーラをかわすと、向かってくるセンイに蹴りで迎え撃つ。

 センイは奇襲をし損ねたと感じるや否や、ぱっと地面に倒れ伏して転がりつつ、ヴィンセントの脛を払った。


「っ!」


 ヴィンセントは、脛払いをぬるりとしたバックステップでかわした。

 そして、前転から起き上がろうとするセンイに向かって、大振りに切りつける。


「おっと、危ないのう」


 センイはヴィンセントの斬撃をメイスを使って受け止めた。

 がちり、とメイスの金具に、ヴィンセントの段平剣が食い込む音がして、火花が散った。

 今度はセンイがヴィンセントの腹目がけて、体重を乗せた蹴りを放つ。


 ドンと押すような蹴り。ヴィンセントは蹴られた勢いを使って大きく後ろに跳びすさる。


 じりじりとにらみ合い、互いに攻撃の糸口を探す。

 このにらみ合いの時間が少しでも長引けば、それだけソニアたちを遠くへ逃がすことができる。

 気力の限りそうしたってよかった。


 ふと、ヴィンセントから突きが飛んでくる。甘い踏み込みだ。これはフェイントだと、センイは断じた。

 フェイントと分かって、それに乗る。相手の剣先を軽くはじき、軸をずらす。

 

 ヴィンセントは、それ以上の攻めの手を控えた。


 「見切りおったか。腐敗警官を演じて、そのまま本当に腐っておけばよかったものを」


「貴様も、抹香臭い聖職者の皮を被せておくには惜しい腕前よ。香木より血の匂いの方が似合いそうだ」


 「確かに」とヴィンセントは一瞬笑って、剣を十字に切る作法をし、段平剣を構える。


「聖堂騎士団流剣術、ヴィンセント・ヒースだ」


「アインス流戦棍術、センイ・フィールである」


 センイも、礼にかなった名乗りを上げ、メイスを構えた。


 

 ◇


 

 そのころ。2頭立ての幌付き荷馬車が、街道を東へ東へと進んでいく。

 肉まんじゅう屋のおじさんを御者にして、馬車の中には、エリサ、モディラ、そしてソニアがいた。

 色々と積まれた荷物の隙間に隠れるように、3人は収まっている。


「ずいぶんと荷物がいっぱいですね」


 「ちょっときゅうくつです」


「あれ? この荷物、どこかで見たような……」


「あっ! これ、きのう警察に押収された僧院の祭祀具ですよ!」


「えっ……じゃあ、衛兵の皆さん、こうなることがわかってて……?」


 エリサとモディラが積み荷を見て驚きの声を上げているのを聞き流しながら、ソニアは夜空を見上げていた。


 「……!」


 シャロンの方角に、星が一つ落ちた。


 一瞬、嫌な想像がソニアの頭をよぎったが、ソニアは目を閉じて、弱気になる自分を奮い立たせようとした。

 

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