第28話 脱出行
シャロンの街の夜空の一角が、明るくなった。
大門の上、見張り台からは、建物の間から、炎が煙を上げるさまが見えている。
その方向にあるのは貧民街。そして、燃えているのは教会だった。
ブノア修道会の火災に対して、衛兵たちは動かなかった。
否、動けなかった。
「火事だぞ! どうして出動しないんだ?!」
「上から、出るなって指示が出てる。貧民街が燃えれば、都合がいいらしいぜ」
「だけどよ、あそこにはブノア修道会の教会があるだろ?!」
「……それでも、命令は命令だとよ。くそっ!」
「姫さん、無事かなぁ……」
そのとき、シャロンの街の裏通りを、目立たない服装をした一団が静かに駆けていた。
エリサ、ソニア、モディラと、センイである。
孤児院の子どもたちは、貧民街のおかみさんの手にゆだねられた。
事情を知ったおかみさんたちは、何かあれば徹底抗戦の構えで、孤児たちと貧民街を守り抜くという。
貧民街の騒ぎは、町の人々の眠りを激しく妨げ、やじ馬が出るほどの騒ぎになっていた。
それをおかみさんたちが押しとどめて、野次馬の目をくぎ付けにする。
その隙に、センイの手引きでみんなは抜け道をたどり、人気のない路地を進んでいた。
スコラ修道会の追っ手はまだ来ていないようだ。
物陰から物陰へ、彼らは少しずつ町の外へと向かっていた。
やがて、堀端にたどりつく。ここは、市街をぐるりと巡らせた外堀とつなぐ清掃用の船着き場だ。
町の出入り口は1か所に限られているから、小舟を使って外に出るという計画だった。
(親分! こちらです!)
闇の中から、ささやくような呼び声が聞こえた。
エリサが目を向けると、数日前にミーシャからひどい目に遭わされた市民警官の一人が、物陰から手招きをしていた。
センイは目で合図を送ると、みんなを連れてそこへ走りこむ。
すると、小舟がつながれていた。これで町の外へ出るのだ。
(町の外には、兄ぃたちと、おやっさんが待ってます)
一団は、小舟に乗り込む。だが、すぐには漕ぎ出そうとしない。
(どうしたんでしょう?)(早く逃げなくていいんですか?)
エリサとモディラは、小声でそう話し合う。
そんなことは気にも留めず、センイは、貧民街とは反対にある領主の居館の方を向いていた。
やがて、遠くで閃光が走り、ドン! という爆発音が聞こえた。
(よし、陽動はこれで成功だろう。船を出せ)
センイの子分が、脱出口とは反対側で騒動を起こすよう手配していたのである。
そして、小舟は静かに、堀へと漕ぎ出した。
ちゃぷん、と水が寄せる音。
三日月が、かぼそく水面を照らす。この明るさでは、衛兵たちも貧民街と領主の館の騒ぎに気がとられているだろう。
小舟はほんの短い時間で堀を渡り、やがて、何の支障もなく対岸につく。
そしてそこから吊るされた縄梯子を使って、一行は町の外へ出た。
「「あっ! 肉まんじゅうのおじさん!」」
対岸で待っていた迎えを見て、エリサとモディラは思わず声を上げた。慌てて、各々が口を手でふさぐ。
2人が叫んだとおり、向かいには、屋台で肉まんじゅうを売っていたおじさんがいた。それに、市民警察の面々。
(おじさんも、フィルマール家の臣下だったんですか?)
エリサがそう尋ねると、肉まんじゅう屋は笑顔を浮かべてうなずいた。
(ワシの兄貴は、村でギルマスをしていてね。君たちの話は、到着する前にあらまし知っていたよ)
(え、でも、村のギルマスは、ミーシャさんに)
すると、エリサに向かっておじさんは、
(大丈夫。今はあるところに隠れている。君たちもそこへこれから向かうよ)
といった。それからおじさんは、
(嬢ちゃんの仲間のミーシャちゃんも、そこにいるから安心して)
とウインクする。
それを聞いたエリサの目が潤む。
(よかったですね。ミーシャさんもご無事だそうで)
モディラが、エリサの背中を優しくなでた。
一方おじさんはセンイを見て、
(まさかと思っていたが、我々にまで正体を隠していたとはね)
(これまで、色々と迷惑をかけた。すまん)
センイがおじさんに頭を下げる。おじさんは慌てて手を振った。
ソニアが、おじさんに向かって言う。
(フィールは、あえて憎まれ役になって、ゲオルグたちの情報を私に流してくれていたのです)
(話を聞いたとき、やはりな、と思いましたよ。あの清廉潔白だった騎士のフィール様が、汚職警官になるなんておかしいはずだ、と)
センイはおじさんの言葉に照れたように微笑み、鼻のあたりをこすった。だがすぐに、
(姫様、そろそろ出立ください。ここから少し離れた農家の厩に、馬車を置いておりますゆえ)
とソニアに向かって言った。
(センイ、あなたも来るのでしょう?)
ソニアが問うと、
(必ず、後から向かいます。我ら一党は、ここで殿を務め、追手が来ないか、見届けます)
そういって、しっかりとうなずいた。
ソニアはそれを見て安心したのか、センイにうなずき返すと、おじさんの後に従って歩き出した。
エリサやモディラもそれに従っていった。
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