第8話 姫(?)騎士リンドムート様登場
「ミーシャ。お前さん、あの娘をどこで拾ってきた?」
「拾うって……猫じゃあるまいし」
「あの娘、ふつーじゃないよ。こんなこといったらなんだけど……ちょっと変わってるっていうか」
「ああ、うん。それはリリーの言うとおりだと思う」
「冗談じゃないぞえ。じゃが見たところ、庶民の出という感じはしない。貴族の子どものように高慢でもない。だが、世間ずれもしとらん。裕福な商家の娘なら、わざわざこんな危なっかしい稼業に身を投じるはずがない」
「え? いや、家出娘をひっかけたわけじゃないよ」
老人にじろりと見られて、ミーシャは慌てて否定した。
「だよね。ミーシャは、ナンパなんかしないもんね」
リリーは何を思ったのか、見当はずれのことを言う。
そんなリリーから、老人は、彼女が手にしていた羊皮紙を急にひったくった。
「きゃっ、なによおじいちゃん」リリーが抗議するが、老人はそれを無視して羊皮紙を食い入るように見つめる。
心なしか、彼の手が震えていた。
「どうした、爺さん?」
普段冷静な老人が、珍しく取り乱した様子でいるのを不審がり、ミーシャが声をかける。
「これを、見ろ」
老人は、手にした羊皮紙をミーシャに見せる。
「なんだよ、爺さんまで。アタシ、字ぃ読めねえっつーの」
「そうじゃない。ほれ、ここじゃ、ここ」
震える手で老人が指し示したのは、契印だった。
エリサが縫い針を刺して指から出た血を擦り付けた場所である。
「きれいな青だね」
「ほんと、青いねー」
ミーシャとリリーは、瑠璃色の契印をみて、思った通りのことを口にする。
「おい! 2人とも、阿呆か!」
周囲の者に聞こえないよう、老人が声を至極抑えて怒鳴った。
「な、なんだよ、急に」「そうよ! おじいちゃん。かわいい孫娘捕まえて、アホはないでしょ!」
2人それぞれに反応を返すが、老人は気にも留めない。
「ふつう、人の血は、何色じゃ?」
「あ、爺さん、バカにしてるのか? そりゃあ赤に決まって――えっ?!」
ミーシャが驚いて、契印を見ると、青い。確かにさっき、エリサはここに赤い血を擦り付けていた。
「どういうこと?」
リリーはまだわかっていないようだ。
「この羊皮紙には、魔術刻印が織り込まれておるのは、知っておるな?」
「うんうん」2人は同時にうなづいた。
「魔術刻印の影響で、この契印は、色が変わることがある」
「え、そうなの?」ミーシャは懐から自分の身分証を取りだす。しかし自分の契印欄は、赤茶色の、血が乾いた色だった。
「その違いは、魔力の差だ。人が体内の保有しておる魔力……まあほとんどは微弱でしかないが、魔法使いや癒し手、家柄の古い貴族などは強い魔力を持っている。その場合、赤茶色が緑系に変化する。一般的な力量の者なら、暗いオリーブ色や黄緑色になる。賢者や宮廷魔導師など、ごく一握りの実力者は、青緑色になる」
「エリサのこれは、青だね」
「《高貴なる血》……。わしは昔、一度だけこの色を見たことがある。今から数十年前、北の果てからやってきた古エルフの魔法剣士だ……」
「古エルフの、魔法剣士」
ミーシャは、まるでおとぎ話のような展開に、ごくりとつばを飲む。
「あの娘、もしかしたらその魔法剣士の血脈なのかもしれん。古エルフの血が混じってないと、こうはいかんぞい」
「まさか」とミーシャは思わず口にした。
「あの娘、自分の生まれ故郷も両親のことを覚えとらんのだろう? あんなにおぼこい魔法使いもそうそうおらんからな。相当、人里離れたところで育ったに違いない。それに、ふざけた名前の師匠筋が、どこまで潜在的な力を伸ばしてやったのか」
「あの子、さっき魔女だって言ってたけど、本当に魔女だったりして」
リリーが顎に手を当てながら、意味深な表情でミーシャに言った。
ミーシャがそれを否定しようとしたとき、
「だれが、魔女だと?」
ミーシャの背後から、凛とした女性の声が投げかけられた。
その声の主を見た老人とリリーは、さっと威儀を正してかしこまる。
「えっ、だれ?」
ミーシャが振り返ると、そこにはお付きの兵士を従え、甲冑に身を包んだ黒髪の女性がいた。
年の頃は20代半ばだろうか。艶やかで豊かな黒髪をポニーテールにし、白皙の顔に優美な眉、意志の強さと貴族らしい余裕を兼ね備えた瞳。その顔に似つかわしくない、使い込まれた陣羽織と板金鎧。とはいえ仕立ては豪華で、一介の騎士ではない風情を漂わせている。
「これはこれは、リンドムート様。今日はもう騎士団の巡回はお済みなのですかな」
老人が恭しく語り掛けると、ミーシャは(あ、これが例の姫騎士か)と思った。
リンドムート・ド・カンブレー伯爵令嬢。通称、姫騎士。伯爵家の騎士団を率いる騎士団長である。
「女が酔狂で騎士の真似事など」といわれることがあるが、「決闘で私に勝ったものとしか結婚しない」と公言しているうえに、本人は剣の達人のため、いまだに結婚できていない。
当時、女性は遅くとも20歳を過ぎるまでには結婚するのが一般的であったため、近年は決闘の申込者も激減し、状況はもはや絶望的と言ってもよい。
「うむ。本日の巡回はつつがなく終えたぞ。ところで、さっき魔女がどうとか言っていたようだが……」
「ああ、いえいえ。なんでもございません。ところで、今日お越しになられたのは僥倖でしたな。ヨツデグマの新鮮な胆が手に入りましたぞ」
老人は、リンドムートをあしらい、2階の方に視線を誘導しながら、手にした羊皮紙をさりげなくリリーに渡す。
リリーも心得たもので、こっそりうまくそれを受け取ってしまいこむ。
「おお! それは素晴らしい。弟の養生に、熊の胆はなによりの良薬!」
「どれ、2階の部屋にて、実際にクマの胆を見ていただきましょうか」
老人はリンドムートをそのまま2階に誘い、後ろ手にミーシャに(ついてこい)と手招きする。
(えー。アタシ、貴族嫌いなんだけどな……)
そう思いながらも、ミーシャはしぶしぶ2人の後をついていくのだった。
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