第27話 崩落
夜半。
「……ん! 起きてください! エリサさん!!」
激しくドアを叩く音! モディラの必死な声!
エリサは目を覚ますと、もうすっかり部屋の中は暗くなっていた。だが、なにかが変だ。
エリサはドアを開けると、「うっ」と息をのんだ。焦げ臭いにおいが、あたりに立ち込めている。
「よかった! 早く、逃げてください! 火事です!!」
モディラは、エリサの手を取って走り出そうとした。
「ちょっと待ってください!」
エリサはモディラの手をほどくと、壁に立てかけていた錫杖と、ミーシャのリュックなど装備一式を手に取った。
「そんな悠長な!」
モディラが叫ぶと、エリサはミーシャの装備を、祭服の内側にしまい込んだ。
一抱えはあるリュックが、どこかへするりと滑り込んで消えた。
「?!」
とっさの出来事に言葉を失ったモディラ。
「お待たせしました! モディラさん」エリサは部屋を出ると、モディラの手を取る。
「逃げましょう!」
僧院内には、すでにあちこち、火の手が回っていた。
もうもうとした黒煙、夜の闇を赤く照らし出す火。そして激しい熱。
「【障壁】!」「‡恵みの雨‡!」
エリサが火から身を守るために魔法の壁を作り、モディラは少しでも火を消そうと魔法で雨を降らす。
だが、火の手の勢いは激しく、少しばかりの水ではどうにもならない。
「きゃっ!」「うわぁっ!」
黒く焼けた柱が、2人の頭上に落ちてくる。【障壁】の効果で弾いたものの、2人は怖くて声を上げる。
「ほ、他の皆さんは……?」「みんな、逃げたはずです!」
2人は火を避けながら、階段を駆け下りる。
降りた先のホールは、すでに何本も柱が焼け落ちている。
丸い天屋根はぽっかり空いて、煙がそこからもうもうと夜空に吸い込まれていく。
「モディラ! エリサさん!」
外に出た2人をソニアが抱きしめた。
「みなさん、ご無事ですか?!」
エリサが叫ぶと、全員が顔を見回し、子どもの一人が言った。
「……ろべーるが、いないよ?」
それを聞いて、ひ、と息を吸ったのは、ソニアだった。
「あ! けんをとりにもどるって、いってた!」
子どもの一人が思い出したように言う。
その言葉を聞いた途端、ソニアは突如、燃え盛る僧院の中に駆け出した。
モディラに「みんなを!」といって、慌ててエリサもそれについていく。
「ソニアさん! 待って! 【障壁】っ!」
再びエリサは、魔法の防御壁を構築した。
だが、燃えて崩れ始めた建物の下敷きになれば、助からないだろう。それでも、ないよりはましだ。
「孤児院は、僧院の奥です!」
ソニアとエリサは、火に包まれた廊下を駆け、中庭を抜け、孤児院へ行く。
火の回りは遅いが、それでもすでにかなり燃え盛っていて、いつ崩れるかわからない。
「ロベール!」ソニアが叫ぶ。
エリサは、手近な部屋を見て回る。どこにもいない。
「ロベール! 返事なさい!」
ソニアの声に、ロベールは応じない。
するとエリサは、階段の陰に倒れているロベールを見つけた。
「ソニアさん、あそこ!」
エリサとソニアが駆け寄ると、ロベールはおもちゃの剣を抱いたまま、気を失っていた。
「煙の毒が回っているのかもしれません……」
ソニアはエリサに向かってそういうと、ロベールを抱きかかえ、
「ひとまず、中庭へ!」
孤児院から中庭へと逃げ戻る。
少し広い芝生にロベールを横たえると、ソニアは‡解毒‡の魔法を使った。
すると、赤みがさしていたロベールの顔が、すっと元に戻る。
「よかった……」
エリサがそうつぶやいたのもつかの間。
何かの予感。エリサは、背後を振り返りつつ、錫杖を横薙ぎにふるった。
錫杖が、何かに当たってかきん、と弾く。
「ちいっ!」男の声が聞こえた。
黒づくめの曲者だ! 2人。その手には、黒く塗られた大型のナイフが握られていた。
渦のようにねじれた独特の形状が禍々しい。
「だれですかっ!」エリサは強い口調で問うが、当然のことながら曲者たちは何も言わない。
ただ、ナイフを構えた様子が、明らかに敵対的であることを告げている。
「っ……!」
曲者は、ナイフを構えるとエリサに飛び掛かる。
「【念動】っ!」
エリサはとっさに、とびかかってきた曲者に、物体を動かすエネルギーをぶつけた。
「ぬおっ!」
曲者2人は、急に押し返されるような圧力を感じ、ふわっと後方に宙返りする。
「魔法使いか!」
男の声がぼそりと聞こえた。
「狙いはそこな司祭一人。退け、余計な殺しはしたくない」
「嫌です!」
エリサはまなじりを決すると、ソニアを背にして錫杖を構えた。
――どうしよう。わたしには、人を傷つけるような魔法が使えない。でも、守らなきゃ!
エリサは一瞬、迷ったものの、すぐに頭脳を回転させ、
――【静寂】!
以前、ケルベロスに襲われた際に使われた、存在をかき消す魔法をソニアとロベールに使う。
「何?! 消えた!」
「落ち着け! 姿が見えなくなっているだけだ……術者を殺せば、魔法も解ける」
そう。わたしがしっかりしている間は、ソニアさんたちをこの悪い人たちから守ることができる。
あとは、この人たちをどうにかしなきゃ……。
エリサは油断なく、目の前の2人に注意を払う。
だが、男たちはためらいなく、ナイフを構えて飛び込んできた。
「【液状化】!」
エリサを亡き者にせんと、ナイフを構えて踏み込んだ曲者たちの足元が、急激にぬかるんだ。
ずぶり、と膝のあたりまで、片足が潜り込む。
「【乾燥】!」
男たちが足を抜く間もなく、エリサが次の魔法を放つ。
するとこれまで泥のようになっていた地面が、たちどころに乾いて、男たちの片足をぎゅっと地に縛り付けた。
「貴様、面妖な術を使いおって……」
片足が抜けなくなった男たちは、力任せに引き抜こうとする。
だが、しっかりと乾燥した大地は、そうやすやすと戒めを解かない。
「ソニアさん、この隙に……」
エリサが背後を振り返った瞬間。
男の一人が、懐を探って細い筒を取り出した。吹き矢だ。
口に当て、エリサを狙ってぷっと毒矢を放つ。
だが、エリサには毒矢は当たらなかった。
突如割り込んできた太い樫のメイスに、細い毒矢はもろくも弾き落とされた。
「……まさか、貴様?!」
男が叫ぶと、その叫びを最後に、男はメイスの強烈な一撃に昏倒した。
その勢いはすざまじく、殴られた男は宙を飛ぶ。
土に埋まった片足はブーツが脱げ、数秒ほど空中遊泳をした後、地面に転げ落ちる。
「ひっ! ……くそっ!」
もう一人の男は抵抗しようとするが、腹部を思い切りメイスで突かれる。
「おげ……」とひとこと吐いて気絶し、その場に崩れ落ちた。
「あなたは……!」
振り返ったエリサは驚きの声を上げた。
「……小娘。姫様は、いずこぞ?」
そこにいたのは、メイスを手にした、黒づくめの壮年の男――センイ・フィール警察大尉だった。
「……っ!」エリサは、突如現れたセンイに、警戒の色を浮かべる。
「細かい説明は後だ。姫様はどこにおられるのか、聞いておる」
センイが敵ではなさそうだと認識したエリサは、【静寂】の効果を解いた。
すると、植え込みのそばでじっとしているソニアと、まだ気絶したままのロベールが姿を現す。
「!」
センイの姿を見たソニアは、驚きのあまり息をのんだ。
センイはそんなソニアの様子にいささかも動揺せず、膝を屈し、臣下の礼をとる。
「力及ばず、ヴィンセントめらスコラ修道会の奴ばらに、焼き討ちをさせてしまいました。申し開きはございません」
そういって、センイはぐっと頭を下げる。
するとソニアはセンイに駆け寄り、肩に手を置く。
「頭を上げて。あなたには一切の責はありません。これも、すべてゲオルグたちが仕組んだことですから」
ソニアの言葉を聞き、センイは「ありがたくお言葉」といって立ち上がる。
「ともかく、この場を脱出します。スコラ修道会の追っ手も来るでしょう。市外への脱出の手引きは準備しております」
センイがそう言ったので、エリサたちは、焼け落ちる寸前の僧院を抜け、モディラたちのもとへ戻っていった。
月・水・金の20時半更新です!
もしよろしければ、評価、ブックマーク、感想などお寄せいただけるとありがたいです!
レビューやSNSでシェアしていただけると、とてもうれしいです。
では、また次回もよろしくお願いします!




