第25話 招かれざる訪問者
翌朝、エリサは、何か物々しい雰囲気を感じて目を覚ました。
どんどんどん!
と乱暴に、外のドアがノックされている音が聞こえてくる。
「……なんですかぁ?」
エリサは窓から外をのぞくと、
「……っ!」
武装した衛兵数名が、修道院の外に立っているのが見えた。
何事だろうと思ったエリサは、壁に掛けてあった祭服を慌ててかぶり、部屋を出る。
(まだ顔を洗ってないけど……)
とは思いながらも、宿坊の廊下を走り、階段を降りる。
降りたところの玄関ホールには、入口のドアを開けて、外から来た招かれざるであろう客の衛兵たちと向かい合うソニアの姿を見た。
エリサが降りた階段の向かい側には、モディラが、おびえて様子をうかがう子どもたちをなだめている姿も飛び込んできた。
「なんだ、貴様は。ん?どこかで見たような」
エリサをごくわずかな間じっと見た後に、頭ごなしに怒鳴りつけたのは、メイスを肩に担いだ黒づくめの男だった。
「この方は、数日前からお泊りになっている旅のお方です」
ソニアがエリサを背にかばうようにして立つと、黒づくめの男――センイ・フィールは、手にしたメイスでエリサを指し、
「ほう。ワシが探しているのは、それこそ冒険者よ。いや、火付けと殺しの嫌疑がかかっている今は、冒険者というよりお尋ね者よな。そこの小娘、ミーシャという名に、聞き覚えはないか?」
といった。
エリサは、ミーシャの名前を聞いて、心臓がドキリと跳ね上がるのを感じた。
ソニアが、心配そうな視線を向ける。
「知っています」
エリサは直ちに断言した。
「でも、わたしの知っているミーシャさんは、火をつけたり、ひとごろしをしたりする人じゃないです」
怒りを秘めた瞳で、エリサはセンイを見つめた。
「貴様。ミーシャを知っていると申すか」
センイは、そんなエリサの心の動きを確かめようとしたのか、エリサの瞳をじっと睨む。
「きっと、あなたが探しているミーシャさんと、私が知っているミーシャさんは別人です」
エリサは、いつになく強くきっぱりとした口調で言い切る。
「では貴様が知っているミーシャは、今どこにいる?」
「ここにはいません」
「嘘をつくと後々後悔するぞ?」
「いないものはいません」
「ほう、あくまでシラを切ると申すか」
「わたしは、嘘は言ってません!」
エリサが頑として揺るがないのを見て、センイは後ろに控えた衛兵たちへ号令をかける。
「探せ! どこかに隠れているはずだ!」
センイの号令一下、衛兵たちが修道院の中に駆け込んだ。
「ちょっと! 何をするんですか!」
ソニアが悲鳴を上げる。モディラがかばっていた子どもたちも、突然武器を持った男たちが押し入ったのに驚き、甲高い悲鳴をめいめいに上げ始める。
「賊をかくまっているならば、この修道院も同罪ぞ! あくまで潔白というのなら、黙ってお上の調べに従え!」
センイはそう言い吐いて、手にしたメイスをソニアに突きつける。
その間も、衛兵たちは乱暴に、修道院内を荒らしまわった。
どこかでガラスの割れる音がする。2階から、椅子が投げ落とされる。そのたびに、子どもたちが悲鳴を上げる。
「わわわ。みんな落ち着いて! 落ち着いて!」
一番取り乱していたモディラは、あわあわしながら、子どもたちを抱きしめる。
センイはその光景を楽し気にじろりと見て、そばにいた副官へ、
「ワシは、この修道女と話がある。別室にて取り調べだ。お前は、衛兵どもを監督せい。よいか、だれも傷つけてはならんぞ、だが、証拠の品はことごとく押収せよ。わかったな」
と言い捨て、嫌がるソニアの手を無理やり引き、奥へと消えていった。
エリサはソニアを助けようとしたが、一瞬、ソニアが助けを拒む表情をしたのを見た。
何か、わけがありそうだ。だから、一歩踏み出しただけで、そこでとどまった。
副長は、そんなエリサに視線をくれながら、
「隊長より命令! 人には手を出すな! 証拠の品はことごとく押収!」と叫んだ。
エリサは、少しの間、副長を睨み据えていた。
(何とかして、早くこの人たちを追い払わないと! でも、暴力はダメだし)
エリサは何とかしなきゃ、と思案を巡らす。
(そうだ!)
エリサは何かを思い出すと、急いでその場を離れ「おい! どこへ行く!」と叫ぶ副長の声を背に受けながら、階段を駆け上がり、宿坊の自室へ戻った。廊下には、椅子や花瓶が転がり、ひどく荒らされていた。しかし部屋の中は、まだ荒らされてはいなかった。
そこでエリサは、ミーシャのバッグをまさぐると、カンブレー伯爵家の令嬢リンドムートからもらったスカーフを取り出した。
(これです!)
エリサはスカーフを手にして、再び階段を駆け下りる。
そして、「これを見てください!」とスカーフを広げると、エリサの様子に面食らった副長の鼻先に突きつけた。
「え? これ、なに?」
「わたしは、カンブレー伯爵家の縁者です! これがその証! 乱暴を働くと、伯爵家が黙っていませんよ!」
エリサが真剣な顔つきでそういったので、副長は、一瞬、何かわからないような顔になってから、たちどころにうろたえた様子だった。カンブレー伯爵といえば、王国の有力貴族である。そこが身分保障をしているのだから、手荒な真似は行えない。
「おおい! みんな、いったん、集合!」
副官が大声で招集すると、衛兵たちがわらわらと集まってくる。
全員がエリサを取り囲んで、不思議そうな顔をした。
副官が、エリサを指さして言う。
「この嬢ちゃん、カンブレー伯爵家の関係者らしい。今、身分保証を確認した」
すると、衛兵の一人が声を上げる。
「じゃあ、ここの捜索はどうしますか?」
「隊長に聞かないとわからないけどなぁ……とはいえ、隊長は取り込み中だし」
副長が間の抜けたことを言うと、エリサは胸をそらして精一杯強がった。
「私の立会いの下、必要な調査をしてください!」
衛兵たちからすれば、エリサのような小娘など怖くはない。だが、その後ろ盾に貴族がいるのなら、話が違う。
男爵程度であれば鼻で笑い飛ばせるが、伯爵となれば、いかにフリンジ辺境伯といえども、無視はできない。
「どうします?」「まぁ、この嬢ちゃんがそういうのなら……」
ということで、副官以下、衛兵たちはエリサの後ろについて、ぞろぞろと修道院内をうろついた。
当然のこととはいえ、大した捜索もできず、やがて玄関ホールまで戻ってきた。
「終わりましたね。みなさんは、外で待っていてください」
エリサはここぞとばかり、衛兵たちを外に追い出す。
やがて、奥から、センイがのっそりと姿を現した。
「……何事だ?」
センイは、部下たちが全員、おとなしく外になっていることを奇妙に思った。
「貴様、何をした?」
そうして、ホールに一人立っていたエリサに向かって問いかける。
「みなさん、もうやることがないから、外に出てもらいました!」
きっ、とセンイをにらみながら、エリサがスカーフをセンイに見せつける。
センイはしばらく無言になったが、
「ふん……今日のところは、これで引き揚げてやる。だが、貴様らには嫌疑がかかっていることは、変わらぬからな」
と言い捨て、玄関から出て行く。
エリサはその様子を、精いっぱいにらみつけるのだった。
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