第19話 かべのなかにいる
一方、ミーシャたちもクロウテルの魔導書の断片を、僧院の中で見つけていた。
聖堂の中、祭壇の壁が仕掛けになっていて、少しずらすと階段が隠されていたのだ。
ほこりっぽく、絶えて人の出入りがないその階段を下りていくと、階段を下りた突き当たりに、小さなタンスが一つ。
その中に、丁寧に油紙にくるまれた紙束が入っていたのだ。
エリサが調べたところ、それは紛れもないクロウテルの魔導書の一部だった。
「うーん。やっぱり、断片だけだと、何も思い出せません……」
「あと2つ、残りのパーツを探そう」
「あわわ。本当にあったんですね」
紙束をもって隠し階段から出てきた2人を見て、見張り役のモディラは驚いた。
彼女は、ミーシャたちがこれを持ち出すことを『黙認』しないといけない。
「……モディラ。 モディラー。どこにいるのですかー?」
3人が隠し扉のあたりでもぞもぞしていると、こっちに向かってやってくる、ソニアの声が聞こえてきた。
「し、司祭様がこっちに来られました!」
「モディラ、こっちだ」
ミーシャは、まごまごするモディラの首根っこを掴むと、隠し扉の内側へ逃げ込む。
壁を閉じ、耳を当ててじっと様子をうかがった。
「おかしいですね……モディラは、聖……のお掃除をしている……のに」
ソニアのコツコツという規則正しい足音だけが聖堂内に響く。
しかしやがて、誰かがもう一人、入ってきた。どすどすという荒い足音。
「……! どうなさったのですか!」
ソニアが驚いた声を上げる。2つ目の足音の主は、低くくぐもった男の声だった。
「姫様…………が、……をしようと……! 私にその……急ぎお知ら…………」
「なんですって! そんな……、……ません!」
「早ければ…………かもしれません! どうか……を!」
「しかし、ここには………………」
「村のギルドも焼かれました! そのような理想事を申している場合ではありません!」
男の大声が、壁を通しても伝わってきた。
(この声、聞いたことがある――)
ミーシャは男の声をの記憶を、必死で手繰る。しかし、どうしても思い出せない。それに、村のギルドと聞こえた。どういうことだ。
「ですが、…………余地はないのでしょうか?」
「…………でしょう」
「…………」
そして、何やらじゃらり、とした金属音が聞こえる。
ミーシャにはそれが、かなり大量の金貨がこすれあう音だと聞き取れた。
「これ…………?」
「なあに、出……徳商…………。どうか、離婚……と御家復興のために……」
「………………!!」
すると、荒い足音が足早に遠ざかるのが聞こえた。やがて、バタン! と乱暴にドアが閉められる音がした。
(……どうなってるんだ?)
ミーシャはソニアに気づかれないように、わずかに壁の隙間を開けた。
すると、膝を折り、袋を抱えて声を上げずに泣くソニアの姿があった。
(司祭さま!)
同じように隙間から覗き見て、何も考えずに飛び出そうとしたモディラを、ミーシャはあわてて押しとどめる。
ソニアは、ほんの短い間だけその場にじっとうずくまると、やがてよろめきつつ、静かに聖堂から出ていった。
3人が隠し扉から出たのは、もう少ししてからだった。
「何か、何かが起きている」
ミーシャは、自分が聞き取れたわずかな情報を、他の2人に伝えた。
「近いうちに、何かトラブルが起こりそう、ですね」
ミーシャの断片的な言葉から、エリサはそう察する。
「ど、ど、どうしましょう! ボク、何をすればいいですか!」
モディラは狼狽した様子で、2人の顔をきょろきょろ見上げる。
「モディラさんは、何があっても、子どもたちや、ソニア司教が安心できるようにしてください」
エリサはそういうと、モディラの立ち耳の後ろを優しく撫でる。しばらく撫でていると、モディラは落ち着いついたようだ。
「アタシは、ちょっと外に出て情報を探ってくる」
僧院内の安全はエリサとモディラに任せて、ミーシャはそうすることに決めた。
2人は、「わかりました」とうなずいた。
◇
その日は、特に情報の収穫はなかった。
日が暮れて戻ってきたが、僧院の中は平穏だったそうだ。
そして翌日、ミーシャは朝のうちから再び動き出す。事件は、街の冒険者ギルドで起こった。
このギルドも、他のところと同じように、酒場を兼ねている。人は少なかったが、朝から飲んでいる連中も少なからずいた。
だが、心なしか様子がおかしい。緊迫した空気が流れていた。
なぜならば、数日前にミーシャたちが立ち寄った、あの村のギルドで火事が起き、助かった者がいなかった、という噂でもちきりだったのだ。
(えっ、火事! おっさんも、ゲルダもか?!)
その報を受付嬢から聞いた時、ミーシャは血の気がさっと引くのを感じた。
昨日、教会の中で漏れ聞こえた情報は、本当だったのだ。
「事故? 事件? どっちか、わかる?!」
ミーシャは受付嬢に尋ねるが、彼女も「全焼した」という事実しか、行商人から聞いていないのでわからないという。
その報をもたらした行商人がギルド内にいたので、酒を奢って話を聞くが、
「いやもう、柱ひとつすら残ってないぐらいで、ギルマスやその娘の受付嬢の姿が見えなくなったらしいんだ。地元の連中は、燃えてしまったんじゃないか、なんていっている」
ということぐらいまでしか行商人もわからなかったそうだ。
「くそっ……なんでそんなことが……」
見知った顔の死には、これまで何度もあったことがある。だが、それはあくまで冒険者仲間だ。
何も深く見知った仲ではないが、まだ記憶も残っている2人が死んだというのは、ミーシャにとってはそれなりのショックだった。
だが、ミーシャには感傷に浸る余裕は与えられなかった。
「――御用改めである!」
ミーシャは、その声に驚き、後ろに振り返った。
年内はこのお話でおしまいです。
次回は年明け、1月5日から再開します!
もしよろしければ、評価、ブックマーク、感想などお寄せいただけるとありがたいです!
レビューやSNSでシェアしていただけると、とてもうれしいです。
では、また次回もよろしくお願いします!




