第18話 空虚な葬列
その葬儀は、盛大で、荘厳で、そしてどこか空虚だった。
前フリンジ辺境伯の葬儀は、ヴィンセント司教により、辺境伯家の墓所にて執り行われた。
参列者のほとんどが、辺境伯家に仕える廷臣だ。数は多いが、伯に忠誠を心から誓う者が少ない分、よけいに空虚さが漂う。
喪主を務めるのは、唯一の後継者であるゲオルグ。今はフィルマール子爵だが、間もなくフリンジ辺境伯となる男だ。
彼は芝居がかった所作で、父への哀悼を示すとともに、自らの権威を最大限に飾ることに腐心した。
腹の内には悲しみはない。
なぜならば、すでに父は数年前に死亡していたからだ。
このことを知るのは、自分と、スコラ修道会の政治顧問のみ。
自らの基盤が固まったと確信するまで、彼は父の死を偽装し続けてきた。
しかし、もはやその必要もあるまい、と判断した彼は、先日、父が身罷ったことを布告した。
あとは唯一の血縁者であるソニアをどうにかすればいいだけだ。
形ばかりの正妻に迎えるか、それとも長い手によって片づけるか。
根が軽薄で好色な彼にとっては、はかなげな美しさを持つソニアは、手折ることなく打ち捨てるのはもったいないと感じていた。
「後はよろしく頼む」
葬儀の式典が終わり、参列者がいなくなると、ゲオルグはヴィンセント司教にそう言い残して、足早に妾のもとへ去っていった。
墓所に遺体の安置をする実務的な仕事が残っているのだが、彼にとっては義務ですらないらしい。
遺体は、スコラ派の修道士たちにゆだねられた。
これこそが、ヴィンセントの狙いだった。
フリンジ辺境伯家の墓所。その最奥。そこに目指すべきものはある。
彼が十数年に渡り、辺境伯家の顧問をしてきたのは、まさにこの時のためだった。
もちろん、伯家を修道会の有力なパトロンとして育て上げるという現世利益の目的もあったが、この目的の前では塵あくたのようなものだ。
彼は、数名の修道士に遺体の入った棺を担がせ、礼拝堂から続く、暗くて細い廊下を進む。
廊下はやがて、古い鉄の扉に行き当たる。
扉の鍵を開けると、地下へと続く階段だ。カンテラに火をともし、中に入る。
暗闇の中、ひやりとして、乾燥した空気が肌に触れた。
晩秋の午後とはいえ、まるで真冬のようだ。生命の気配はなく、時間すら止まっているように感じる。
階段を降りると、左右に穴が開いた広い空間に出た。
これこそが、辺境伯家の墓所である。
彼は修道士に命じて遺体を穴の一つに納めると同時に、持ってきたたいまつに火をつけ、壁にうかがれた穴に差し込む。
「これは……見事な」
修道士の一人が、声を上げた。
松明の明かりにぼんやりと照らされたのは、天井に描かれたフレスコ画だった。
赤毛の英雄レオンハルトが、アルゴンヌの森にすむ悪しき魔女を倒したという伝承を描いている。
魔王の手先である森の悪しき魔女と、英雄の相棒である白魔女アルボフレディスの容貌が似ていて、囚われの身となった白魔女への疑いを晴らす、歌劇でもおなじみの場面だった。
「その話は、この地域が発祥ですな。しかし、この墓所は、今から900年以上前に作られたと聞きますが……」
「……ふむ」
ヴィンセントも天井を見て、思わず賛嘆のため息を漏らした。彼は美術を解する目と教養をもっていたからである。
しかし、彼はしばらくの間、フレスコ画を見つめた後、腰の段平剣を抜き放つと、ガリガリと天井の一部を削り始めた。
それは、赤毛の英雄レオンハルトが描かれた場所だった。
「な、なにをなさるのです!」
驚いた修道士が、危うく手にしたカンテラを落としそうになった。
傑作ともいえるフレスコ画に傷をつけるなんて、正気とは思われなかったのだ。
「…………」
修道士の制止を無視し、ヴィンセントは無言で天井を削り続ける。
やがて、彼は闇の深い目を修道士に向けて言った。
「……レオンハルトが女として描かれている。これは”異端”だ」
するとこれまでフレスコ画に目を奪われていた修道士たちは、とたんに視線を床に落とした。
スコラ修道会では、レオンハルトが女だったと主張することは、禁忌中の禁忌だ。
その真偽のほどはわからないが、そうであってはならないのだ。
そうして彼はフレスコ画を削り終えると、墓所の最奥にある、小さな祭壇へと向かう。
祭壇には、大理石でできた小さな箱があった。ふつうは聖典を収めている、聖櫃だ。
ヴィンセントは、聖櫃を前にちいさく祈りをささげた。そして、ふたを持ち上げる。
「……やはりか!」
彼は湧き上がる喜色を抑え込み、櫃の中に安置されていた書物を取り上げる。
『Grimoire de Crowtel Volumo XIV』と表紙に書かれた書物だった。
本は完全ではなく、丁寧に切り分けられた跡がある。背表紙から考えると、3つに分けられているようだ。
「まさに、まさにこれが我らの求めていた、クロウテルの魔導書……!」
ヴィンセントの言葉に、修道士たちは色めき立った。
「しかし、伝承通り、3つに分割されているようだ……残りの部分を探さねば!」
ヴィンセントは、魔導書をローブの内側にしまい込むと、修道士を連れてその場を去っていった。
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