第7話 ギルドで登録(下)
「だーかーらー。それじゃ登録できないって言ってるんですよ!」
ミーシャが階段を下りていると、階下からリリーの声が聞こえてくる。
「でも、わたし、嘘はいってませんよ。えーと、どうしよう」
リリーのイライラしたような声のあと、エリサのおろおろした声。
「……どうしたの? 2人とも」
ミーシャは、数段飛ばしで階段を降り、受付で何やら押し問答をしている2人のそばにたどり着いた。
「あー。ミーシャ。ちょっと、エリサさん、大変なの」
「大変って、何が」
エリサを見ると、泣きそうな顔をしてこっちを見ている。
リリーは、「ちょっとこれ、見て」といいながら、魔術刻印が施された1枚の羊皮紙をミーシャに見せた。
ミーシャは、ちらっとその羊皮紙を見るも「ゴメン。アタシ、字読めないんだ」と、さらっと言った。
リリーは一瞬はっとした表情を浮かべ、それからバツの悪そうな顔になり、
「えっと……エリサさんの身分経歴書なんだけど、ほとんど空欄なの。それか、おとぎ話みたいなことばっかり言って」
エリサの方を見ながら言った。
ミーシャはエリサの方を向いて、「どうしたの?」と優しく問いかける。
「あの……ごめんなさい。わたし、生まれたときのこととか、ほとんど覚えてなくて……」
「生まれた場所とか、両親のことも?」
ミーシャは、エリサが不安にならないように、ゆっくりと確認する。エリサは、無言でうなづいた。
「……お前さん、孤児かね? それか、修道院かどこかで育ったとか?」
いつの間にかリリーと入れ替わった老人が、羽ペンを舐めながらエリサに問う。
「わからない、です。覚えてないんじゃなくて、わからない」
「ふうん。これは困ったね、さてさて、じゃあお前さん、旅芸人か行商人の中で育ったクチなのかい?」
老人の問いに、エリサは首を振る。
「やれやれ。どこの誰から生まれて、どうやって育ったかわからない、か。じゃあしょうがないから、孤児とでもしておくかね」
老人は、経歴書の『出自・両親・出身地』のところに『不明・孤児のため』と書きつけた。
その様子は、こういうケースのやりとりを孫娘に見せて学ばせよう、という思惑が見て取れた。
「何か、身元の保証になるものはあるかね? 所属する教会の紋章とか」
「教会には、ほとんど行ったことがないので……」
「おやおや、お前さんの来ている服は、《ブノア修道会》の装束によく似ているのだがな。まあ、それはそうとして、職業欄を見ると魔法使いとある。だったら、どこかの学院を出たとか、どの師匠についていたとか……あー、これか。なになに、『師匠筋はノルゲンシュタインの森の白魔女アルボフレディス』だって? はっは、こいつは傑作だ。子どもでも知ってるおとぎ話の魔女じゃないか」
「本当なんです! でも、リリーさん、信じてくれなくて」
「うん、まあ信じることはできないわな。もしこれが本当なら、お前さんは、ワシよりもずっとずうっと年寄り、ということになる」
「あの、爺さん。ちょっといいかな。……ねえ、エリサ。エリサは、他にどんなことを覚えてるの?」
ミーシャは、おろおろしているエリサの頭をぽんぽんと軽く撫でると、そう尋ねた。
エリサはしばらく考え込んでいたが、「私の年は、17歳。小さい頃から師匠の家で修業をして、途中のことは……思い出せない。師匠の顔も思い出せない……。でも、わたしがしなきゃいけないことはわかってるんです。魔導書を集めること。それが、白魔女の系譜を継ぐ者の役目だから……」
エリサが白魔女、といったときに、ミーシャはどきりとした。しかし、老人もリリーも、それがこの少女の世迷言だと思っているのか、意にも解さない。
だが、意に介さない代わりに、老人は深く嘆息した。
「……世の中には、記憶を失う病というのもあるらしい。ミーシャ。お前さん、この娘さんをどうするつもりかね?」
「どうするって……」
ミーシャは困惑した。この場合のどうする、とは、「どう責任を取る」という意味だろう。何か言い訳をしないと、とミーシャが口を開こうとしたとき、エリサが一歩前に踏み出した。
「あの。わたし、ミーシャさんと一緒に冒険者になりたいんです。どうすれば、なれるんですか?」
すると老人は、ミーシャの方をちら、と見て、「そりゃ、身元保証人がいればそれで済むがね」と言った。
ミーシャはすぐに意を察し、(ごくほんのわずかに迷ったが)すぐに「アタシが引き受けるよ。エリサの身元保証」と声を張る。
「じゃあ役場の方にもいろいろ手を回しておくからな、手数料と先払人頭税で金貨3枚だ」
老人がこともなげに言うと、ミーシャは「うぐ」とうめき声を漏らしたが、すぐに「ヨツデグマの報酬から引いといて」と返した。
その返事を聞いて、老人はさらさらと羊皮紙にあれこれ書き込み、「ほい、後は契印を押して一緒上がりじゃ。リリー、後は頼むよ」といって、孫娘に後を託す。
「あの、エリサさん。じゃあ、これから書類に契印をしてもらいます。この針で、指先を刺してください。血が出ると思いますから、その血をここにこすりつけてください」
リリーがエリサに縫い針を手渡すと、エリサはためらわずに指先を刺し、ぷつ、と出た血を言われるがままにこすりつける。
「もう1枚。こっちは他の土地の冒険者ギルドに行った際に、身分証として使います。なくさないようにしてください……はい、それで結構です。これで手続きは完了です」
それからエリサは、リリーから手のひらほどの小さな羊皮紙を受け取ると、
「終わりました!」
満面の笑みを、ミーシャに向けた。
「あははーよかったねー……」
予想外の出費に、ミーシャは乾いた笑いでエリサに返事した。金貨3枚は、現代日本の感覚で言えば、およそ10万円ほどである。
こん棒で頭を殴られたようなショックを受けつつも、ミーシャは何やら老人が、意味ありげな目くばせをしているのに気が付いた。
「ミーシャさんは、これからどうされるんですか?」
無邪気なエリサは、身分証を両手で大事そうに持ったまま、ミーシャに尋ねる。
「この後は、素材代の換金をして、それからご飯かな。ああ、エリサ。先に部屋に行って荷物を置いてきて。アタシの部屋は4階にあるから」
ミーシャは、リリーから定宿にしている部屋の鍵を受け取ると、それをエリサに手渡す。
「わかりました。じゃあ荷物を置いて、お部屋で待ってていいですか?」
「うーん、先に、食堂に行ってて。ほら、受付の向かい側にあるから」
ミーシャは、大階段とホールをはさんで、向かい側にある食堂を指出す。
テーブルと椅子がいくつも置かれ、その奥に厨房とカウンターがある、中世風のフードコートのような場所だった。
「わかりました。じゃあ、そうします!」
エリサはそういうと、鼻歌を歌いながら階段を上がっていく。
ミーシャとリリー、老人は、上機嫌なエリサの姿を目で追いかける。やがて、エリサが3階に差し掛かると、3人は頭を寄せ合い、ひそひそ話をはじめた。
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