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第16話 地獄の釜と女司祭

 「遅かったですね」

 

 3人がようやく食堂に姿を現したのを見たソニアは、ちくりとそう言った。

 

 「スープが冷めてしまいましたよ。温めなおしてきます」

 

 そういうと、テーブルの上に置いてあった両手鍋をもって、厨房へ消えていく。

 スープを運びがてら、ソニアが不思議に思ったのは3人の様子だ。

 昨日、あれだけふさぎ込んでしまったのに、今はけろっとしているミーシャ。

 なんだか顔を赤くして、ぽわぽわとしているエリサ。

 そして、2人を起こしに行くときは元気だったのに、今ではげっそり疲れ果てているモディラである。

 

 (変な子たち)

 

 それでも今のソニアにとっては、少しでも刺激が多い方が、気がまぎれる。

 昨日のパレードの一件が、ソニアの心にトゲとなって突き刺さっているからだ。

 

 (あの男。いい加減しつこい)

 

 鍋をかまどのコンロにかけ、少しずつスープが湧きたつさまを見ながら、ソニアは嘆息する。

 

 (近頃、さらに悪知恵がついた気がする。民衆の懐柔策なんて、気にも留めてなかったくせに)

 

 鍋がくつくつと煮えるほどに、ソニアの肚の底もグツグツと煮えてくる。

 

(あの男だけは許せない。八つ裂きにして、薪と一緒に燃やしてやりたい)

 

 鍋が焦げないように、お玉で混ぜてはいるが、そのお玉を動かす手にも力が入る。

 

 (ああもう。思い出しただけでいらいらする。わざわざ声なんかかけてきて、最悪よ。おかげで昨日だって、ロクに寝られたもんじゃなかったわ)

 

 「しさいさま。すーぷがじごくのかまになってるよ」

 

 「へっ?」

 

 いつの間にかやってきた女の子が、鍋の中でかまゆでの刑に処されている野菜や鶏肉を指さして言った。

 

 「しさいさま。こわいかおしてたけど、だいじょうぶ? おなかいたいの?」

 

 「ああ、え。大丈夫、大丈夫ですよ。ちょっと、頭が痛かっただけだから」


 ソニアは火を弱め、かがみ込んで、女の子と目線を合わせる。

 

 「ふうん。おだいじに」

 

 女の子は、しゃがんだソニアの額に手を当てて、そう言った。

 

 (……いけんいけん。しっかりせんと! わたし、聖職者なんだけん!)

 

 他の子どもたちのところへ行く女の子を見送って、ソニアは頭を振った。

 ソニア・ド・フィルマール。それが彼女の本名である。

 詳しいことは、おいおい、解き明かされていくことになるだろう。

 

(今は耐える時。耐える時。わたしがしっかりせんと。みんなの気持ちを無にしてしまう)


 やがて、なんとか平静を取り戻したソニアは、鍋を手に、食堂へと戻る

 そこでは、女の子たち3人は今日の予定についておしゃべりに興じていた。

 

 「で、今日は、冒険者ギルドに顔を出してみようと思うわけ」

 

 「わたしは、ミーシャさんについていこうと思います」

 

 「ボクは、ごめんなさい。僧院のお仕事があるんです」

 

 「いやいや。モディラはもともと、そっちが本来の役目だろ?」

 

 「そうですよ。しっかりお勤めを果たしてください」

 

 「みなさん、お待たせしました。今日はお腹に優しい鶏のスープにしましたよ」

 

 3人は、そろって「わぁい」と声を上げた。

 

 「ミーシャさんとエリサさん。昨日は、晩ごはんを食べずにお休みされましたからね。朝から脂が強いものは、避けたほうがいいいまして」

 

 スープの具材は、鶏肉、セロリ、ニンジン、蕪。ローリエなどのハーブも入っていて、食欲をそそる複雑な香りがする。それに焼いて3日ほど経ち固くなった黒パンに、酸っぱいキャベツの漬物。チーズは消化を助けるというから、少し多めにした。

 

 「あの、昨日はすみませんでした。急に取り乱したりとかして」

 

 この3人と食事をするときは、静粛の義務は一時忘れよう、とソニアが考えたとき、ミーシャから話を切り出された。

 

 「いいえ。ミーシャさんは、心の中にある高潔さと正義の徳目を行動に示されただけですわ」

 

 「でも、みんなびっくりさせちゃって。それに、何かこの僧院にご迷惑がかからないかと心配で」

 

 「ふふ。迷惑と言えば、あの後、子どもたちが数か月かかっても食べきれないほどのお菓子を買って頂いたことでしょうか。一度に全部食べてしまうと大変なことになってしまいますから、きちんと保管して、おやつとして毎日あげることができます」

 

 「あー」とミーシャは、気の抜けた声を出して、視線を泳がせた。

 

 昨日、パレードの後にお菓子を買ってあげることになり、変に気持ちが高ぶってしまったミーシャは、屋台1台丸々買い切る勢いでお菓子を買い占めた。

 おとな4人でも抱えきれないほどのお菓子を運んだときは、ほんの少し、ソニアは楽しかった。


 「ミーシャさんは、お金の使い方が思い切りいいですよね」

 

 「そうです。ミーシャさんはカッコいいのです」

 

 モディラの言葉に、なぜかエリサが胸を張って答える。

 

 「ところで、ミーシャさんは、今日、冒険者ギルドに行かれるのですね」

 

 「はい。探している魔導書の手がかりがないか、ちょっと当たってみようと思うんです」

 

 「この街のギルドには、行ったことがありますか? 傭兵ギルドと同じ建物にありますから、気を付けてくださいね。傭兵ギルドの方が、ちょっと荒っぽい人が多いかもしれません」

 

 「傭兵ギルド! へえ。やっぱり、国境近くの町だと、あるんですね。人間のことは傭兵ギルドに、魔物のことは冒険者ギルドにって言いますけど、やっぱりそうなんだ」

 

 「ええ。ここは、東の領邦地域だけじゃなくて、北の島国の飛び地や、北東の商人同盟とも陸続きで接していますからね、あちこち小競り合いが多いんです」

 

 大したことのない戦争であれば、傭兵同士で戦って勝敗を決めることもあるそうだ。

 

 「そういえば、ここにも、ヴァーダン僧院や他の地域から持ち込んだ古い記録や文献があるので、なにか手掛かりがないか、少し探してみましょうか?」

 

 するとミーシャは、エリサの方をちら、と見る。

 エリサは小さくうなずき、

 

 「ソニア司祭様はお忙しいでしょうから、わたしが調べてもいいですか?」

 

 と言った。ミーシャは文字が読めないから、ここは自分の出番だろう、と考えたのである。

 

 「ええ。構いませんよ。書庫のカギは、モディラがどこにあるか知っていますから」

 

 そうソニアに言われたモディラは、口にしていたキャベツの漬物を、あわててごくりと飲み込んだ。

 

 「……モディラ、大丈夫ですか?」

 

 ソニアは、色々な意味を込めて、モディラにそう言った。

 

 「ふぁい! 大丈夫です! ちょ、ちょっと急に名前を呼ばれたのでびっくりしただけです!」

 

 うん、たぶん大丈夫じゃないだろう。鍵の場所の説明から始めなきゃ、と、ソニアは確信したのだった。

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