第14話 狼のパレード
「あ、あの、白魔女様に誓って、けして、立ち聞きしちょったんじゃなえですから!」
滝のような汗を流しつつ、モディラがミーシャたちに必死で弁明する。
必死過ぎて、普段使っている大陸共通語が少し怪しい。
ミーシャたち3人は、子どもたち、ソニアと一緒に凱旋パレードを見るべく、大通りに向かって歩いていた。
モディラはその間、あたふたしながらミーシャたちに事情を説明する。
「しさいさま。もっちー、どうしたの?」
「さぁ? どうしてあわてているんでしょうね?」
事情が分からない子どもたちとソニアは、首をかしげるばかりだ。
「うんうん。モディラさんは、そんなことをする人じゃないですもんね」
エリサは、モディラの言葉を首肯する。
ミーシャ的には、どっちでもいいのだが、弁明がずっと続いているので、さすがにそろそろうざったくなってきた。
「わかったわかった。もういいから」
ミーシャはモディラの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「わ、わかっていただければ何よりですぅ」
モディラは、猛獣を目の前にした草食動物のように、情けない声で言った。
すでに大通りには、多くの民衆がやってきていた。
半分強制みたいなところもあるのだろうが、それでも、イベントの乏しいこの時代には、パレードは格好の娯楽だ。
「うわぁ、人がいっぱいですね」
「にぎやかだね。屋台もいっぱい出てる」
ミーシャの視界には、昨日の肉まんじゅう屋の姿もあった。
向こうは客をさばくのに懸命で、こちらのことは気づいていないようだ。
「来ましたよ!」
背が低い分、たち耳をぴょこぴょこ動かして、すぐに音をキャッチしたモディラが、皆に声をかけた。
兵馬の一団がやってくる。
先頭は露払い役の騎士。そして、馬付きの荷車にのせられた巨大なオオカミの姿が続く。それには歩兵4名が警護のため、周囲につく。
「おおきいー」
「でけえ……」
こどもたちは、狼の姿を見て絶句した。
ミーシャたちは、顔を見合わせて複雑な表情を浮かべる。
大きなオオカミのあとには、普通の大きさのオオカミなどが続く。
さらには花を撒くために着飾った少女が、籠の花々を群衆に向かって放り投げながら踊り進む。
パレードのつきものの楽団も、ラッパや太鼓を鳴らして、派手で陽気な音楽を奏でている。
(オオカミの数、ずいぶんと水増ししてるな)
延々と続く狼の荷車をみて、ミーシャはすこしうんざりする。
やがて、少女たちの後から、いよいよフィルマール子爵が、白馬に乗って登場した。
その姿は、堂々たる青年騎士そのものである。
豊かな金髪はゆるいウェーブを描き、堂々たる長身、筋骨もそれなりには鍛えられている。
なにより、整った甘いマスクをしている。「ふ」と笑うと、白い歯がきらりと輝く。
金の装飾をあしらった傷一つないぴかぴかの板金鎧に、赤いマント。
優美に髪をかき分けた瞬間に見えたロングソードは、鞘や柄に繊細な装飾と宝石があしらわれている。
彼は馬上から、生まれながらの貴族たる者が持つ、余裕と、下々の者への軽蔑と、冷たさを兼ね備えたまなざしで、群衆を見下ろしていた。
時折手を振って声援にこたえるが、演技を演技と感じさせない狡猾さも有している。
(何だよアイツ。あんな格好で、オオカミ討伐なんてできるわけないじゃん)
さっきの話を思い出し、ミーシャは一人、心中ふつふつと怒りが煮えたった。
フィルマールは、親密さと高慢さという矛盾する要素をバランスよく配合した態度で、パレードの中心にその身を置く。
彼の後ろには、彼の豪奢さとは対照的に、聖典を携えた黒づくめの男たち4名が続く。
(あの人たちが、スコラ修道会です)
ソニアがかすかな声で、ミーシャに告げた。
パレードという祝祭の場に似合わない男たちは、ローブを深くかぶり、足元を見つつ黙々と歩く。
その4人を見たミーシャは、どうせ普段は、修道院の奥に引きこもって気持ちの悪いことをしているに違いない、と偏見に満ちた思いで毒づいた。
ミーシャは睨むようにパレードに目を向けると、ふと、フィルマール子爵と目が合った。
子爵は、じっとミーシャの方を見る。そして、隊列から離れ、白馬を寄せてくる。
(な、なんだよ)
ミーシャは身構えたが、彼が声をかけたのは、ソニアの方だった。
「これはこれは、ソニアよ。余の凱旋を見に来てくれたのかな?」
フィルマールは、ソニアの姿を認めると、わざわざ周囲にも聞こえるようないい声を発した。
(けっ。見てくれもイケメン、声も甘くていいじゃないか。このクズ野郎)
とは、ソニアの隣にいて、フィルマールから視線を外しているミーシャの悪意だ。
「子爵様のこの度のご勝利、謹んで言祝ぎ申し上げます」
フィルマールの言葉に、ソニアは絞り出すような声で答える。
フィルマールはそれを聞いて、「ふ」と笑い、髪を指ですく。
「お前はまだ、あのぼろ小屋にいるのか? この勝利を機会に、余の城までしかるべくして参れば、これまでの不敬、不問としてもよいぞ」
「……」
ソニアは、フィルマールの言葉に無言で頭を下げる。
「ふふ。あまり強がるのも、損ばかりが嵩むぞ。己の立場をわきまえれば、みじめな暮らしをしないで済むのだ」
そこで、ほんの一瞬だけ、爬虫類が獲物を見るような目をした。
ただ、それも一瞬のことで、再び群衆に向かい、にこやかに手を振りはじめた。
フィルマールが、何事もなかったかのように隊列に戻り、再びパレードの進行を開始する。
そのあとすぐに、彼らが来た方から、「きゃあきゃあ」とひときわ大きな歓声がした。
やってくるのは、ロバに乗り、大きな籠を腹に抱えた道化師が4人。
道化師が、籠の中に手を突っ込み、何かを掴みだして群衆に向かってばらまく。
ミーシャがその様子を、目を凝らしてみる。
「銭貨だ!」
道化師が群衆に向かってばら撒いていたのは、なんと小銭である。
(カネをばらまくなんて、なんて悪趣味な)
それだけではない。子どもたちが言っていたように、飴やキャラメルなどの砂糖菓子なども、ふんだんに放り投げられており、群衆はそれらを我先に拾い集めている。
ミーシャがフィルマール子爵を見ると、彼はわずかに後方を振り返り、まるで餌にたかる獣を見るかのような目で、侮蔑の微笑を浮かべていた。
(あの、クズ野郎……っ)
道化師は、ミーシャのそんな様子を気にも留めず、じゃらり、じゃらりと銭貨を放り投げる。
「ぼくたちも、おかしもらいにいこう!」
ロベールが、同じ孤児院の子どもたちに言う。
「だめだ!」
ミーシャは思わず叫んだ。
「え?」という顔をして、ロベールの動きがとまる。ミーシャは戸惑う子どもたちを、力いっぱい抱き寄せた。
「あの、おかし」
お菓子を貰いに行けなくなった子どもたちが、狼狽する。
エリサとモディラは、ミーシャの突然の行動に息を飲んだ。
ソニアだけは、ミーシャの行動の意味を理解していたようだ。黙って、ミーシャを見つめている。
「お菓子なら、姉ちゃんが買ってやる! あのお菓子だけは、食べちゃダメだ……あれは毒入りなんだぞ」
ミーシャは、この『施し』は受け取ってはいけない、受け取らせてはいけないと感じた。
そして、理由が分からない顔をしている子どもたちを、力いっぱい抱きしめた。
やがて、パレードは通り過ぎていった。
ミーシャの耳には、楽団の軽薄な音楽がいつまでも響いていた。
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