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第13話 立ち耳が見ている

 「もっちー! しさいさまー! にゅーすにゅーす!」


 翌朝。ミーシャとエリサが教会の食堂で、黒パンと目玉焼き、野菜スープの朝食をとっていると、子どもたちがどたどたを走りながら、駆け込んできた。


 「こらこら。食堂の中では、静かにしないといけませんよ」

 

 「しさいさまは、いつでもどこでも『しずかにしなさい』だね」

 

 「気持ちをざわざわさせないことが、正しく生きるために必要だからですよ。それで、何があったのですか?」

 

 すると子どもの一人が、両腕を大きく掲げながら、

 「ししゃくさまが、おおきなおおかみをたいじしたんだって!」

 

 「きょうのおひるに、おおどおりで、ぱれーどがあるの!」

 

 「みにきたひとに、おかしをくばるみたい!」

 

 子どもたちの話を聞いて、(ははん、あれのことか)とミーシャは頭の中でにやりとした。

 

 「あの方が、狼を?」

 

 ソニアは信じられない、といった表情を浮かべる。

 

 「もりのみなみのほうにいた、おおきなおおかみだって!」

 

 「みんなこまってたおおかみ! ししゃくさま、すごいね!」

 

 「そういえば、ぼくたちもおおか……(もごもご)」

 

 モディラがいらんことを言いそうだったので、ミーシャは慌てて口をふさいだ。


 「すごいね。みんなで見に行くのかな?」

 

 ミーシャが話を逸らすと、子どもたちは「うん!」と声をそろえて言う。

 

 「おおきくなったら、ぼうけんしゃになる!」

 そして、子どもたちの中の一人が、手を挙げて宣言した。

 

 「いいですねえ。そうなったらいいね」

 

 エリサが、その子の頭をぽんぽんと撫でる。

 

 「ぼくは、ろべーる・ど・はーでぃんぐ! 6さい!  おとなになったらゆうしゃになって、わるいりゅうをやっつけるんだ!」

 

 「へえ。ゆうしゃさまなんだ。すごいすごい」

 

 元気そうな男の子の名乗りに、エリサはパチパチと拍手した。

 

 (この子、氏姓もちなんですか?)

 

 ミーシャがぼそりとソニアに聞くと、ソニアはかすかに首を縦に振る。

 やがて子どもたちはモディラとエリサを連れ出して「遊ぼう」と庭に出ていった。

 

 食堂に残ったミーシャとソニアは、まだゆっくりお茶を飲んでいた。

 

 「さっきの子。氏姓持ちってことは、最低でも騎士階級ですよね?」

 

 「ええ。今はもう、断絶した家柄なのですけど。あの子は今、この僧院の裏にある孤児院で暮らしています。もともとは先祖代々、このあたりに続く騎士の家だったのですが……」

 

 「ですが?」

 

 「あの子がまだ生まれたての頃、ご嫡男様の遠征計画に、あの子の父親である騎士が従軍させられて」

 

 「遠征計画?」

 

 「ご嫡男様が騎士や傭兵を使って、領邦地域に遠征をしたんです。辺境伯様や重臣たちは、そのころ王国の北で起きていた北の島国との戦争に行っていたので不在でした。あの方は、領邦地域の諸国が北の島国に買収されていて、王国を挟撃してくると主張して、先手を打ったそうです。でも、本当の目的は、征服と略奪。それにあわよくば、貴族の間引き」

 

 「間引きって……」


 そこでミーシャは、村のギルドで受付嬢をしていたゲルダの言葉を思い出した。

 この辺境伯領では、寄子の貴族をつぶして、寄親である辺境伯家の直轄地を増やしている、という話だ。


「領主様は、貴族や騎士から封土を取り上げて、すべて直轄地にしたいそうなんです。十数年前に、スコラ修道会の顧問がそう進めたそうで……『ちゅうおうしゅうけん』という考え方らしいのですが、なぜそんなことをすべきなのかは、わたしにはわかりません。ただ、家臣が独自に力を持つことを恐れて、領主様は、すべての家臣を自分たちの使用人のようにしようとしてきました」


「……」

 

 「それで、その遠征は、ご嫡男様の指揮がひどすぎて、一瞬で軍隊が壊滅したそうです。領邦地域の軍が一揉みしただけで傭兵たちは逃げ出し、わずかな手勢で孤立したご嫡男様は、騎士たちを犠牲にして逃げ帰ってきました。結局、単に騎士たちを見殺しにするだけで終わってしまったのです」

 

 「え、じゃあ」

 

 「はい。ロベールの父親たちは、全員捨て駒にされました。一人シャロンに戻ってきたご嫡男様は、全ての責任を騎士たちと留守役の家臣たちにかぶせて、すざましい早さでいくつもの家を取りつぶしました。戦場にいる辺境伯はこの動きを黙認していたようです」

 

 「ひどい……」

 

 「ひどい話でしょう? こんな話、あの方には、大なり小なり事欠きません。でも、一人息子の次期当主なのですから、廃嫡もされません。そして辺境伯はこのあとすぐに中風(脳卒中)になられて、公の場にはお見えにならなくなりました」

 

 そういうと、ソニアは力なく笑い、

 

 「ごめんなさい。こんなお話をお聞かせするつもりじゃなかったのですけど」

 

 そういって、ポットを片付けるために席を立つ。

 

 ミーシャは、テーブルの下に置いていた手を、爪の跡が付くほど、ぐっと握り占めているのに気が付いた。

 貴族の取り潰しと聞いても、これまでミーシャは何の感慨も抱かなかった。

 しかし、孤児となったロベールに直面し、今は元気そうなあの子が、大人の都合でこれまでの間、辛い思いをしてきたのではないかと考えると、どうにもやるせない気持ちが襲ってきたのだ。

 

 腹が立つのは、フィルマール子爵や辺境伯に対してだけではない。そんなことを知らずに、子爵の実績作りに加担してしまった自分自身に対しても、ミーシャは怒りを感じていた。いかにそれが仕事上の、あくまで金銭的な取引とはいえ、そんなクズに対して援助をしたとなっては許しがたい。

 

 とはいえ、手にした金貨を投げ捨てることができるか、というとそうでもない。このあたりの矛盾を清濁併せて呑み込む度量もなく、また逆に清廉潔白を貫くこともできない自分の弱さを、ミーシャは知っていた。

 

 「ミーシャ、さん?」

 

 むかむかとした怒りで髪の毛が逆立ちそうになっていたミーシャに、戻ってきたエリサが不安そうな声をかけた。


 エリサの声ではっと我に返ったミーシャは、ぶんぶんと頭を振ってから、

 

 「なあに? エリサ」

 

 つとめて優しい声で返事する。

 

 「大丈夫、ですか?」

 

 エリサが、するするとミーシャのそばに近づき、肩に手を置いた。

 

 重さがないくらい、優しく置かれたそれに、ミーシャは自分の肩に入っていた力がふっと抜けるのを感じた。

 

 「ううん。だいじょうぶ。ごめんね、心配させたみたいで」

 

 ミーシャはエリサの手に自分の掌を重ね、そう答える。

 

 エリサの深翠の瞳が、じっとミーシャを見つめている。

 

 「……ぎゅって、してあげましょうか?」

 

 ややあって、エリサは小さな声で言う。

 

 ミーシャは、一瞬考えた後、

 

 「あー。うれしいけど、あそこでモディラが見てるから、いい」

 

 食堂のドアの隙間から、モディラの立ち耳がちらり、と見えたので、ミーシャはそう答えた。

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