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第12話 ビスキュイとハーブティー

 僧院の中。暖炉のある談話室に2人は通された。


 「はぁー。沁みますねぇー」

 

 お茶の入った分厚い陶器のコップを両手で持ち、エリサはしみじみとつぶやいた。

 

 「お口に合ったのでしたら、何よりで」

 

 ソニアは、にこ、と微笑を浮かべて、お菓子がのった皿を2人にすすめた。

 人差し指ぐらいの長さと太さの茶色い焼き菓子だ。

 でこぼこしているが長方形で、指でつまむと、とても軽い。

 口に運ぶと、軽く噛んだだけでほろりと崩れ、かすかなシナモンの香りと、優しい甘さが口中でほどけていく。

 

 「ビスキュイです。お茶に合うと思いますよ」

 

 ミーシャはそれを聞いて、先ほど口にしたハーブティを、再び飲む。

 爽やかなミント系の香りが、口の中をさっぱりさせる。


 「おいしいです。これは、無限に食べられます」

 

 エリサがそういって興奮するので、甘いものをそんなに好まないミーシャは、ビスキュイが乗った皿をエリサの方へ少し寄せた。

 

 「ミーシャさん、お茶のお代わりいかが?」

 

 ソニアは、ミーシャには茶を勧める。ポットを持つ手は、たおやかで優美な顔立ちとは裏腹に、指は節が立ち、いくつか傷も見てとれる。まるで農家や職人の手だ、とミーシャは感じた。おそらく、表には見せない苦労も多いのだろう。

 

 「ありがとうございます。いただきます」

 

 ミーシャはコップを差し出すと、ポットからお茶を注いでもらった。

 

 このときモディラはというと、離れたテーブルで子どもたちの世話をかいがいしく焼いている。

 案外、いいお姉さんなのだろう。


「ところで、差し支えなければなんですけど。さっきの人、何者なんですか?」


 軽い雑談をした後、ミーシャは先ほどの警官について、ソニアに尋ねてみた。

 ソニアはわずかにためらった後、


「あの方はフィール様といいます。警察大尉として、この街の治安を守っておられるのですが、今は領主様の命を受けて、この辺りの区画整備をなさろうとしているんです」


「区画整備?」


「はい。このシャロンの街は年々発展してきていて、市街区が手狭になってきています。そこで、貧しい人たちが住むこの区画を整理して、新たに市民権を欲しがる人々に提供したい、と」


「そうなると、今まで住んでいた人たちは、どうなるんですか?」


 ビスキュイをもすもすしながら、エリサが尋ねる。


「町の中には住むところはありませんから、どこか他のところへ引っ越ししないといけません」


 ソニアが憂いた表情になったのを見て、エリサは次のビスキュイに手を伸ばすのを止めた。


「区画整理の任務があるとして、あいつは、なぜこちらの僧院に来てたんです?」


 ミーシャの問いに、ソニアはコップを両手で包みながら答える。


「この区画は、もともと私たちブノア修道会が、3代前の領主様より頂いた土地なのです。わたしたちは、僧院を建て、それから孤児や貧民のためにこの区画を使いました。その結果、この辺りは貧しい方たちが、街の中で唯一住める場所になっています。領主様はフィール警察大尉を通じて、私たちに新しい土地を用意するから、僧院を移転しろと言ってきたんです」


「移転すると、どうなるんですか?」


「この区画の権利が反故にされるでしょうね。そうなれば、ここに住んでいる皆さんが、家を追われることになるでしょう」


「だからか……」


 ミーシャの言葉に、ソニアは少し疲れた雰囲気を漂わせながら、小さくうなずいた。そして、今度はソニアが尋ねる番だった。


 「ところで、お二人はどのようなご用事でこちらに来られたのですか?」

 

 「アタシたち、本を探していまして」

 

 本、という言葉に、ソニアは不思議そうな表情を浮かべた。

 

 「魔導書です。実際に必要としているのは、エリサの方なんですが」

 

 すると、ビスキュイを食べたそうにそわそわしているエリサに、ソニアの視線が向けられる。

 

 「わたし、ミーシャさんと一緒に、《クロウテルの魔導書》を探しているんです」


 ソニアの視線を感じて、エリサはビスキュイから目をそらした。

 

 ソニアは、『クロウテルの魔導書』と聞いてしばらく考えた後、何かを思いだしたように、

 

 「それって、スコラ修道会が血道をあげて探している本じゃないですか!」と驚きの声をあげた。

 

 ソニアの反応に、へえ、そうなんですか、とエリサはなんだか間の抜けたような返しをする。

 

 「東海の新興商人だとか、東の果ての国の大貴族とかの偉い人たちが、財産の一つとして所有しているそうですけど、そういうのを一つひとつ、色んな手段を使って集めているって噂ですよ。裏では、かなり乱暴なこともしているらしいです」

 

 「えっ。そうなんですか。でも、どこからそんな話を」

 

 ミーシャのつぶやきに、ソニアはわずかに悲しそうな顔をして、

 

 「同じ信仰の道に生きる者同士でも、時には争うこともあります。広いようで狭い世界ですから、相手が何をしているのか、ちゃんと観察していれば、わかることも多いんです」

 

 はぁ、とミーシャは相槌を打つ。

 この司祭様は、純朴善良そうに見えて、意外にやり手なのかもしれない、とミーシャは思った。


「でも、もしかしらた、お探しの本はこの地域にあるのかもしれません。私が小さな頃、乳母から寝る前のひとときに聞いたことがあります。大きな力を秘めた魔導書がその昔見つかり、様々な人がそれを奪い合って争った。ときの辺境伯はそれを憂い、本を3つに分けて、どこかに隠してしまった、と」


 「3つに分けてって……本を破いたんですか?」


 ミーシャが驚きの声を上げると、ソニアは「さぁ。昔話のことですから、わかりません。でも、それは案外本当のことなのかもしれませんね」といい、


「ともあれ、その本が手に入るといいですね。その目的が果たされるまでの間、どうぞこの僧院をお使いください」


 慈愛に満ちた笑顔を2人に向けるのだった。

 

 2人は、ソニアに「ありがとうございます!」と元気よく礼を言うのだった。

 

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