第11話 フィール警察大尉
モディラに案内されてたどり着いた、ブノア修道会のシャロン僧院。
そのドアから出てきたのは、酒が入った様子の中年男性だった。
「なんだ、貴様らは?」
うろんげな者を見るような目で、男は3人を舐めるように見まわした。
「う、あう。フィール警察大尉、サマ」
モディラが、引きつった顔で、声を絞り出した。
「ああ、貴様はここのドワーフ娘だな。どうした、今までどこへ行っていた。まさか何か企てようとしているんじゃあるまいな」
「い、いえ。決してそんなことは」
ぎこちない態度で、モディラはフィール警察大尉と呼ばれた男に接している。
「そうか? ならばなぜ、この街では見かけぬ旅の者を連れている」
男は、鷹のような厳しい瞳で、いちいちモディラを問い詰める。
「あ、あの」とモディラが答えようとしたとき、エリサが前に出た。
「わたくしたちは、本日の一夜の宿をこちらの僧院に求めた旅の者です。この修道女様にたまたま出会い、ご厚意で泊めてくださることになりました」
「ほう、貴様は何者だ」
「わたくしどもは、カンブレー伯爵領から参りました。伯爵令嬢リンドムート様にかかわりのある者でございます」
どこで身につけたのか、エリサの所作も言葉遣いも、いつもと違って折り目正しい。礼法にかなったものだった。
「カンブレー伯爵領? その証はあるのか」
なおも問われて、エリサは少し言葉に窮する。
するとミーシャは、自分のリュックに、リンドムートからもらったスカーフがあることを思い出した。慌ててリュックの中から、スカーフを取り出してみせる。紋章入りの仕立ての良い逸品だ。
男はミーシャからそれを受け取ると、目を糸のように細めて、じっと見る。しばらく見た後、ミーシャに返す。
「確かに、これはカンブレー伯爵家の紋章。それに騎士団の印もある。なるほど証はあるな。しかしだ」
そういうと、男は自分の腰につけたポーチを軽く手でたたいた。ポーチの側には、金具で補強されたメイスが1本、ぶら下がっている。
エリサとモディラはなんのことかわからない、という顔をした。
ミーシャだけは合点がいったと見えて、銀貨を2,3枚ほどつまみ出すと、男の武骨な手に握らせる。
「ふむ。年端もいかぬ小娘のわりに、殊勝な心がけよ、のぅ。つまらん騒ぎは起こすなよ。そのときは、直ちにしょっ引くからな」
男はそういうと、のらりとした仕草で、ぶらぶらと教会から出ていった。
男がいなくなってすぐ後、今度は、教会の中から、一人のシスターが姿を現した。
年の頃は20代前半。ベールからちらりと見える前髪は、くすんだブロンドだ。
青色の瞳をしていて、顔立ちは整っている。しかし、そこはかとなく疲れを隠し切れない様子がある。
芯は強そうだが、柔和さで包み隠した、そんな印象だ。
「ああ! モディラ読師! 大丈夫ですか! あの方に、何か変なことはされませんでしたか?」
シスターはモディラのもとへ駆け寄ると、腰を折って彼女を抱きしめた。
「大丈夫です。ソニア司祭様。それにボク、今は読師から祓魔師になったんです」
ソニア司祭と呼ばれた女は、「ああ、そうでしたね。無事に位階が上がったのですね」といって、モディラの背中を撫でた。
モディラは気持ちよさそうに目を細める。
「このお二人は?」
モディラから身を離すと、ソニア司祭は、エリサとミーシャを見る。
「エリサさんとミーシャさんです。ヴァーダンからの帰り道、ボクが狼に襲われたところを助けて頂いたんです」
「それは、危ないところをありがとうございました」
ソニア司祭は、2人に向かって深々と頭を下げた。
「お2人は、シャロンの街に用事があってきたそうなんです。まだ宿も決まっていないようでしたので、宿坊にお泊り頂きたくてお連れしたんです」
モディラの言葉を聞いて、ソニア司祭は、「あらまあ」という顔つきになる。
「お世話になっても、大丈夫ですか?」
何かまずいことでもあるのかな、と感じたミーシャがソニア司祭に問うと、「ええ、どうぞお泊りください。ただ、ギルドの宿舎や旅籠のほうが、もっといいおもてなしができるかとは思いますけど」と謙遜する。
すると、奥から子どもたちが3,4人ほど走り出てきた。
「もっちー、こんにちは」
「もっちー、おかえりなさい」
「もっちー、こんかいはなんにちおくれたの?」
まずはソニアにまとわりついた子どもたちが、モディラに気づくと、一斉に駆け寄ってくる。
「もっちー?」ミーシャはモディラを見る。
「えへ。ボク、子どもたちにはそう呼ばれてるんです」
モディラはそういうと、まとわりつく子どもたちをうまくあしらう。
「おねいさんだれー?」
「おきゃくさん?」
「きれいなおねいさんは、きょうかいのひとー?」
モディラにひとしきりまとわりついた後、子どもたちは、今度はエリサに興味を示したようだ。
エリサが、ブノア修道会のそれと似たローブを着ていることから、子どもたちの意識はエリサの方に向いている。
エリサは「きれいなお姉さん」と呼ばれて、まんざらでもなさそうな雰囲気だ。
(エリサがきれいなお姉さんなら、アタシはいったい何なのさ)
「かっこいいいおねいさんは、ぼうけんしゃなの?」
「つよいの? おおかみとか、やっつけるの?」
「れおんはるとさまみたいなあかげできれいだね」
ミーシャの意を察したのか、今度はミーシャのことばかり子どもたちが言い出した。
でも、基準はなぜか「強さ」だった。
「この方たちは、ミーシャさんとエリサさん。ボクが森で大きな狼に襲われていたとき、助けてくれたんだよ」
モディラがそういうと、子どもたちから「おおーっ!」という歓声が起こる。
「やっぱりつよいんだ」
「ゆうしゃさまかもしれないね」
「わるいやつらもやっつけてもらおう」
子どもたちは、ミーシャとエリサの周りでぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ちょうどお茶の時間です。どうぞお2人も、ご一緒にいかがですか?」
ソニアは、そういうと2人を中にいざなった。
子どもたちは2人の後ろに回って、「どうぞどうぞ」と中に押し込めようとする。
エリサとミーシャは、そんな子どもたちの押しの強さに苦笑しながら、僧院の中へと入っていった。
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