第9話 シャロンの町にて
シャロンの町には、思ったよりも早く、まだ日が西にある頃たどり着いた。
戦時でもないので、街には検問らしきものはない。
ただし、旅の者は入市税というものがかかり、1人につき銀貨1枚を取られる。
そのかわり、7日間の滞在許可証を交付される。
3人は、他の旅人に混じって、やる気のない門番に銀貨1枚をそれぞれ渡そうとするが、
「おっと。その恰好だと、2人ともさらにもう1枚ずつだ」
門番が、モディラとエリサについては、難癖をつけてきた。
ミーシャは内心、カチンときたが、ここは穏便に収めるべきだと思いとどまり、銀貨2枚を投げつけるように渡す。
門番は、不服そうな顔をミーシャに向けたが、すぐに「ふふん」と鼻で笑って、銀貨をポケットにしまい込んだ。
シャロンの町は、地方にあっては大都市だった。
「せっかくなので、僧院までお越しいただけませんか? 十分なおもてなしはできませんが、日に2回の食事と寝る場所ぐらいはご提供できます」
門をくぐった先の広場で、モディラがミーシャとエリサに伝えてくる。
「どうする?」
「わたしは、せっかくお友達になれたから、モディラさんのお誘いを受けたいと思います」
エリサの「お友達」という言葉に、モディラは耳を素早くぴくぴくっと反応させる。
「そうだね。じゃあ、お言葉に甘えようか」
ミーシャがそういうと、モディラは2人を先導して歩き出した。
街の中は、 何とはなしにどこか空気が重い。
決して治安が悪いとか、日当たりが悪いというのではなく、わずかに狭苦しい、暗い雰囲気が漂っているのだ。
「人は多いけど、なんか活気がないね」
「子どもの声がしませんね」
大通りを歩く2人は、きょろきょろしながらつぶやく。
それに、往来を行き来するドワーフやグラスランナーたちは、皆一目見て旅人だとわかる旅装だった。
亜人たちがこの領から逃げ出しているという、ゲルダの話は本当なのだろう。
「エリサ、屋台が出てるよ。ちょっと見てみない?」
途中、ミーシャが、肉まんじゅうを売る屋台を指さした。
豚肉や野菜を詰めたまんじゅうを、鉄板でこんがり焼く軽食だ。
「……えっ。2つで銀貨1枚? ちょっと、ぼったくってんじゃないのぉ?」
ミーシャはでっぷりと太った中年の店主から値段を聞いて、驚きのあまりに目をむいた。
他の地域だと、銀貨1枚で3つか4つは買える。
すると店主は小声で、
(すまないね。実は屋台を出すのにも税がかかるんだ。これでも、ギリギリだがね。他の店も、大体似たようなもんさ)
と、ミーシャたちにだけ聞こえるようにささやく。
エリサはきょろきょろと他の屋台を見回し、看板に書かれた値札を見て、
「ミーシャさん。店主さんの言う通りです。他の屋台もかなり高いです」といった。
「どういうこと?」
とミーシャは店主に聞くと、
(いやぁ、ここ数か月で、急に課税が厳しぃなってね。これまでも、まぁ決して安い額ではなかったけども、まだやっていけるぐらいには押さえてくれちょった。だがね、どうも辺境伯様のご子息が、表立って政務を担当するようになってから、何やらおかしくなったんだがね)
肉まんじゅうの世話をするふりをしながら、店主は話してくれた。
「へえ、ドラ息子ねえ」
ミーシャが何気なく口にすると、店主は顔色を変え、
(めったなことをいわんでおくれ! どこにご子息の目や耳があるか、わかったもんじゃない)
そういうと、ミーシャたちを追い払うような仕草をした。
「ちぇっ」
といって、ミーシャはエリサたちを連れて、屋台から離れる。
「……肉まんじゅう、買えませんでしたね」
目の前のごちそうを逃して、エリサは見た目にもしょんぼりしている。
「そ、僧院についたら、何か出してもらいますね」
あからさまに落胆しているエリサを見て、モディラが慌ててフォローをした。
とそこへ、見た目からして「三下です」といわんばかりの傭兵崩れが、3、4人ほど、物陰からぞろぞろと現れた。
「おい、そこの威勢のええ嬢ちゃんよぉ」
太った大柄な男が、ミーシャの前に立ちはだかっていった。
「あんた、さっき、なんか子爵様の悪口、言ってなかったか?」
「ワシ、聞こえてしもたぜ」
「ああ、ワシもワシも」
「都市の秩序を守る警官としちゃぁ、次期ご当主様の悪口を見逃すわけにゃあ、いかねえなぁ」
皮鎧の着古したのや、半分割れた鉄兜などで身を固め、ろくに手入れもしていないサーベルやロングソードをぶらつかせている。
装備こそまちまちだが、腕にはこん棒の意匠が描かれた腕章を、みなお揃いでつけていた。
(……市民警官です。警官と言っても、中身は見てのとおりのならず者です!)
モディラがミーシャとエリサに小声でささやく。
「おい、ちびっこ! お前、ワシらの悪口言ってるだろ!」
抜き身のロングソードをモディラに向けて、男の一人が奇声を上げる。
モディラはびっくりして飾り毛を逆立て、ミーシャの背中に逃げ込んだ。
その光景を見て、周囲の屋台がそそくさと店の片づけを始めた。
この後起こる事件に、わずかばかりでも関わり合いたくないのだろう。
(これはまた、わっかりやすいのが来たなぁー)
ミーシャは、心中苦笑した。
「なんでぇ。黙ってても、話にならん。それとも、ワシたちにビビったんか」
顔に傷のある男が、一歩前に出て、エリサに手を伸ばす。
ミーシャはとっさにその手を払い、
「エリサに触んな! この×××××野郎!」
白昼堂々、やおらとびだしたミーシャの暴言に、男たちはあっけにとられた。
「お、おい……女の子が、そんなこと言ってええんかよ」
「なんてハレンチなんだ。かわええ顔しちょうのに」
都合の良いことに、エリサとモディラの脳内辞書には、×××××に該当する単語の意味がわからないらしく、2人してきょとんとしている。
「それによ。悪口って、いったい、アタシがなんて言ったんだよ?」
獰猛な虎のごとき目つきで、ミーシャは自分よりも頭一つ大きな男どもにタンカを切った。
「え……」
男たちは、あぜんとした。
「あ? どんな悪口いったって、聞いてるんだよ! いつ、どこで、アタシが、なんて言ったのか。言ってみろよ!」
男たちは顔を見合わせる。その表情は一様に、(どうするよ?)という顔をしていた。
しかし、リーダー格らしい太った男は、ミーシャの威勢に呑まれることなく、
「ワシたちで大人しくさせて、センイの親分に引き渡そうぜ!」
(なるほど。こいつら、地回りだな)
今の一言で、この連中を断定したミーシャは、
「っ!」
無言でいきなり、太った男の股ぐらを思い切り蹴り上げる。
「ふ、不意打ちっ」
男はそう叫び、ミーシャの蹴りをもろに食らって悶絶、昏倒した。
「あ、兄貴っ!」
「てめえ、ようも兄貴を! 兄貴の仇だ!」
「まて、まだ兄貴は死んでねえ!」
「まあなんでもええ! ワシらのメンツに泥を塗りやがって!」
一人が叫んで、腰の得物を抜いて、ぎらり、と陽光に輝かせた。
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