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第8話 2つの修道会

 村からシャロンまでは、川沿いに平坦な道が続いている。

 川からは水路が引かれ、どこまでも整然とした畑が広がっていた。


「へぇ、きれいな畑だねぇ」


「そうなんですか? ミーシャさん」


「うん。道も整備されてるし、区画がきれいに四角だろ? 管理されてる証拠だよ」


 ミーシャの言葉に、エリサはちょっと複雑な顔になる。


「どしたの?」


「うーん。わたしは、この畑、あんまり好きじゃないです」


 ミーシャが不思議そうな顔をすると、エリサはきょろきょろ辺りを見回して、


「この畑、虫の声も、アナウサギの気配もないんです」


 すると、モディラが、


「スコラ派が進めている管理農法ですよ。雑草や虫を殺す薬を撒いたり、動物が畑に入れないように水路を巡らせたりしているんです。そのおかげで手間が減って収穫量は増えたそうなんですけど、ボクもこのやり方、あんまり好きじゃないです」


「楽になって収穫が増えるんだったら、いいような気がするけど、そんなもんかねえ」


 2人の言葉に、ミーシャはそう返した。

 貧しい農家の子としては、収穫が増えることや、畑仕事がしやすいことは何よりもうれしいことだ経験的に知っている。


「何だか、人間の都合だけしか考えていないようで、わたしは、あんまり」


 エリサがそういうのを、モディラは我が意を得たりと思ったのか、目を輝かせて見つめる。


「ふぅん」とミーシャは唸った。

 人間なんだから、人間の都合を考えて何が悪いのだろうか。

 どうもこの2人にはそれがわかるようどけど、自分にはわからない。ミーシャは胸の奥が少しモヤモヤした。


 そうこう言いながらも、3人は主都シャロンへの道のりを歩く。


 「ところで、モディラはこういうお使い、慣れてるの?」

 

 「ええ。ボクはこう見えても、シャロン僧院とヴァーダン僧院をつなぐお役目なんですよ」

 

 そこでモディラは、えっへん、と胸を張る。

 たゆんと胸が揺れ、ミーシャとエリサは、それぞれに微妙な表情を浮かべた。

 

 そんなことは気にも留めないモディラは、


 「今回も、シャロンのソニア司教様から、重要な秘密の手紙をヴァーダン宛にお届けしたんですよ」

 

 「……秘密のって、自分で漏らしてるじゃんか」


 ミーシャが突っ込みを入れると、


「も、もうお届けしたからいいんです。お返事は、他の人が届けるらしいですけど」


「でも、モディラさんはヴァーダン僧院の方なんでしょう? どうしてまたシャロンの街へ?」


 エリサの言葉に、モディラは、両手をぐっと握りしめて、


「ボク、聖女になるために、困っている人がいるところにいかなきゃなんです。シャロンの街は、困っている人が多いんです」


「スコラ修道会の連中が、うまく統治をサポートしてるっていうじゃないか」


 ミーシャがそういうと、モディラはぶんぶんと頭を振った。


「その陰で、貧困に苦しむ人がいて、それに警察が悪い人たちと結託して、腐敗してるんです!」


「表向きの統治自体はうまくいって、治安もいいし、辺境伯家の懐も潤っているけど、だな」


「はい! それに最近になって、ブノア修道会への圧力が酷くなって」

 

「圧力?」


 するとモディラは、かわいらしい顔に似合わず、愁眉を寄せる。


「領主様は、スコラ派が進める科学正統主義(テクノクラシー)に没頭していて、スコラ派にそそのかされているようなんです」


「スコラ修道会は教会の中でも、聖典にとても忠実で、ボクたちのような白魔女様やそれ以外の土地の神々を信仰の対象とすることは、『異端』だといって、もともとあまり良い反応を抱いていませんでした」


 そしてモディラは、どこまでも広がる畑を指さす。


「ボクたちにとっては、森は畏れと豊かさを象徴する聖域です。でも、彼らはこうやって、『森は魔物が住む場所だから、切り拓け』と森の伐採を後押ししています。かつてエルフたちが住んでいた西の森は、それでなくなってしまいました。それでも『亜人は人ではない。獣の一種だから問題ない』って」


 「なんだか、難しい話ですね。わたしは、森で育ったから、怖いこともあるけど、かわいい動物たちとか、きれいな花が咲いていることも知っていますよ」


 エリサの言葉に、モディラは微笑してうなずく。でもすぐに、


 「それから、『女性は悪魔に誘惑されやすい、無知で愚かな性別だから、男がきちんとしつけないといけない』だなんて言ってるんですよ」


 渋い顔を浮かべて、頭を振った。


 「なんだよ。女だからってそういうの、嫌な感じだな」


 「ブノア修道会は、森を大切にし、種族の分け隔てなく、迫害されやすく立場が弱い女性のための修道会なんです。だから、それを異端だなんていうのは、違うと思ってます」


「教会ってめんどくさいな。でも、アタシはスコラ修道会の奴らは、好きになれそうにないな」

 

 「本当ですね。それに、モディラさんは自分の言葉でお話しできて、えらいです」


 エリサはそういって、モディラの頭をなでる。

 モディラは目を閉じて、くすぐったそうにした。それから、

 

 「ところで、お二人はどうしてシャロンの町へ?」

 

 エリサからひとしきりナデナデされたモディラは、耳をぶるっと一振りして、ミーシャたちに尋ねた。

 

 「アタシたち、冒険者だからさ、仕事がありそうなところに流れてるの。まあ、探し物をしながらの旅でもあるんだけど」

 

 「探し物?」

 

 「魔導書。《クロウテルの魔導書》という書物です」

 

 すると、モディラは「ほう」と一声唸り、

 

 「ヴァーダン僧院の図書館で、大掃除を去年していたんですけど」

 

 「ん?」

 

 「その時に、とても古い図書の目録が出てきたんです。」

 

 「ふんふん」

 

 「そこに、魔導書の目録もあって、そこにそんな名前の魔導書があったように覚えています。上役の方が大騒ぎして、みんなで図書館中探しました。でも、その魔導書は図書館のどこにもなくて」

 

 「「えっ」」

 

 2人は驚いて、同時にモディラの顔を見る。

 

 「図書館には古い本もたくさんありましたけど、どこにもなかったんです。なくしたのか、盗まれたのか。もしかしたら、他の僧院に持ち出したままになってるのかも」

 

 「それ、本物かどうかは、わからないよねえ。何せ、モノが無いんだから」

 

 「すみません」

 

 そういうと、モディラの立ち耳が、ぺたんと垂れた。

 

 エリサはそれを見て、

 

 「でも。昔はそこにあったってことですよね。もしかしたら、まだどこかにあるのかもしれませんよ」

 

 何やらフォローになっているのか、なっていないのかわからないことを言う。

 

 「まあ、何の手がかりもないままに探すよりはいいかもね」

 

 ミーシャも、(実はエリサの遺物(アーティファクト)の導きで、シャロンの町へ捜索に行っている)とはいえずに、適当なことを言ってお茶を濁した。

 

 と、そこへ4頭立ての馬車が後方からやってくる。何かの荷を引いているのか、もうもうと土煙を立てていた。

 

 「なんだあれ、早馬か?」

 

 荷馬車には覆いがかけられており、道を行く旅人たちを跳ね飛ばしそうな勢いで、こちらに向かってくる。

 

 「危ない。ちょっと脇によろう」

 

 3人は荷馬車が通り過ぎるまで、道の端によって待つ。

 荷馬車の先頭には、馬に乗った黒づくめの男たちが数名。

 通り過ぎざま、先頭の、長い黒髪の男が3人をちらりと見た。

 

 「――っ?!」

 

 ミーシャはその男と目が合った。その瞬間、背筋にぞくりと冷たいものが走る。

 まるで蛇に睨まれたような視線。ミーシャはたちどころに嫌悪感を覚えた。

 

 ミーシャの額に、何故だか汗が一筋浮いた。

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