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第7話 重たい財布と黒い陰

 翌日。窓のない薄暗い小部屋で、報酬の受け渡しが行われた。

 部屋の中には、親父とミーシャの2人きり。エリサとモディラは食堂で待っている。


 「ほんなら、これが報酬だ。わかっているとは思うが、他言無用だぜ」


 ギルマスの親父が、小さいくせに重たい袋をミーシャに手渡す。

 中身がちゃらちゃらと心地よい音を立てる。

 金貨50枚。狼のヌシの討伐報酬と、討伐の出柄をフィルマール子爵に譲る内証金だ。


「何ならウチで証書を書くから、このまま銀行に預けるかい?」


 旅の途中、金貨をじゃらじゃらいわせて歩くのは荷物だし、賊に奪われることもある。

 そこで手持ちの大金を証書に替える方法が、北方を中心にはじまっていた。


 「いや、大丈夫。3人で分けるから、この量なら問題ないよ」


 ミーシャの返答に、親父は「そうかい」と言ってから、「くれぐれも、内密にしてくれよ。バレたらうちが困ることになる」と念を押してきた。


 袋の中身を見て悪い笑みを浮かべたミーシャは、「ふふふ、わかってるよ」と返した。


 


「お待たせーっ」


 報酬を手に入れ、ほくほく顔のミーシャは、食堂で、ミルクとはちみつパンをおやつにしていた2人と合流した。

 丸く焼いた黒パンに、たっぷりのはちみつを染み込ませたこのパンは、ミルクとよく合う。

 ミーシャも嫌いじゃないが、食べ過ぎるとあっという間に太ってしまう。


「早かったですね」


 パンをきれいに食べ終え、ミルクをお行儀よく飲んでいたエリサが、ミーシャのために椅子を引く。


「まあ、報酬の受け渡しだけだからね。さっそくだけど、山分けといこう」


 周囲の目がほとんどないことを確認して、ミーシャはテーブルの上に先ほどの小袋を置く。


「一人あたま、金貨16枚と、銀貨33枚に銭貨33枚。残り1枚は、どうしようか」


 ミーシャは、文字は読めないが、四則計算は早い。金貨50枚を公平に配分すると、どうしても割り切れない。

 

 「あ、あの。ボクなんかまで、報酬を頂いてよいのでしょうか?」

 

 「アタシ、お金にはがめついけど、そこらへんはキッチリ公平にしたいタチなのよ」

 

 「でも、どうやっても1を3では割り切れませんよ?」

 

 「だから困ってるんだよねえ」


 「ボクは、報酬を頂いても、全額僧院に寄付します。だから金貨10枚もいただければ十分です」

 

 「うーん。そんなに値引くのは、アタシの信念に反する。じゃあモディラは金貨16枚でどう? アタシとエリサは金貨17枚ずつ」

 

 「ええっ。金貨6枚も上乗せって、大金ですよ。ミーシャさん、貴女はなんて徳の高い方なんでしょう。きっと白魔女様のご加護があります」

 

 「うんうん。加護があったらいいねえ」

 

 何とか3人の間で折り合いがついたようである。周囲に人気がないうちに、ミーシャはさっさと報酬を分配した。


 「それじゃ、シャロンの街に向かって出発しようか。今から出たら、城門が閉まる刻限までには到着するはず」


 「あ。じゃあボク、ゲルダさんからお弁当貰ってきます」


 出発と聞いて、モディラが食堂のカウンターに行き、声をかけた。

 すると厨房の奥で作業をしていたゲルダが、エプロン姿でやってくる。

 手には、何やら包みが下げられていた。


「はいこれ、お弁当。この先は集落はいくつかあるけど、宿屋も食堂もないから。持ってって」


「いろいろありがとう。助かったよ」


「いいのいいの。また縁があったら、会いましょう。うちのギルドなら、いつでも泊りに来てくれて、大歓迎だから」


 ゲルダの見送りを受け、3人は村のギルドから出発した。



 ◇


「それじゃあ、また」と言って出ていく3人。その姿を、2階の柱からじっと見つめる影があった。

 黒い粗末なローブに全身を包み、腰に段平剣(ブロードソード)を履いた男だ。

 ウェーブのかかった黒髪に、細く鋭い整った口髭。

 鋭いまなざしは蛇や猛禽を想像させる。

 風貌は、厳しい環境にさらされ続けた求道者のようでもあり、同時に貴族然とした威厳も兼ね備えていた。


「ヴィンセント司教様。いかがなされましたか?」


 すると、奥の部屋から似たような服装の男が2人、近づいてくる。


()()が、グレイウルフのヌシを倒したそうだ。女が3人、しかも2人は亜人で、ブノア修道会の手の者らしい」


 ヴィンセントと呼ばれた男に言われて、2人は入り口の向こう、陽光に照らされてかすかに見えるだけの3人の姿を目で追った。


「なんと。女風情が、ヌシを」


「まさか。信じられませぬな」


「私も、ここの主人から話を聞いて、裏を取るまでは信じられなんだ。しかし、狼の死体と、切り取られた尾の断面は、一致する」


 男がそういうと、2人はすこし狼狽したようだ。


「ここの主人が言うには、人間の赤毛の戦士は、『鬼殺し』のミーシャというらしい」


「鬼殺し、ですか。オーガを仕留めねば手に入らぬ称号ですな」


「おおよそは、詐称かと。つまらぬ女の浅知恵でしょう。冒険者というものは、とかく自分を大きく見せたがる」


 2人のうちの1人が、そういって笑い飛ばそうとした。

 するとヴィンセントは貴族然とした所作で、そう発言した男の肩に手を置く。

 笑いだそうとしていた男の頬がこわばる。


「相手が女だからと言って、油断はするな。自信は持っていい。気持ちの余裕も必要だろう。ただし、油断と慢心は、我らが求道の妨げになる」


 ぼそぼそとした小さな声だったが、妙に男の言葉ははっきりとその2人に届いた。

 耳に聞こえるというよりも、みぞおちのあたりをヒヤリとさせ、心臓をぎゅっとつかむような声だった。


「さぁ、我々も仕事だ。狼を運ぶぞ」


 やがて男は、身をひるがえして歩きだした。

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