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第6話 ケモノと人のあわい

 女性用寝室は、いくつものベッドが並べられた小部屋だ。

 基本は雑魚寝。しかし今日の宿泊は、ミーシャたち3人だけだった。


「っしょっと。世話の焼ける」


 ミーシャはモディラを手近なベッドに転がす。ゴロンと転がったモディラの靴と祭服を脱がせる。


「そういえば、ドワーフの飾り毛ってどうなってるんだ?」


 長袖ワンピースだけの下着姿になったモディラを見て、ミーシャはつい好奇心を抱いた。

 首回りと手足に毛が生えていたが、いったいどうなっているのか。


「ちょっとだけ。ちょっとだけ……」


 袖をゆっくりたくしあげると、肘のあたりまでふわふわとした被毛に包まれている。

 そこから先の二の腕からは、被毛は段々と薄くなる。

 首の飾り毛は、髪の毛の一部のようで、顎のラインから鎖骨のあたりに、みっしりと生えている。

 撫でるとふわふわで気持ちいいが、「ふにゅっ」とモディラが変な声を上げたので、すぐに触るのをやめた。


「足は……?」


 そこでミーシャは、ごくりとつばを飲み込む。

 今更ながら、やっていることがヘンタイみたいだと思ったのだ。

 ワンピースをめくるのか、めくらないのか。それが問題だ。


「んふぅ……」


 すると、モディラは可愛げのある吐息を漏らして、ごろりと横になる。

 足を曲げ、ちらりとふくらはぎが見えた。そしてまた、すぅすぅと寝息を立て始める。


 (よし、ちょっとだけ見て、すぐに下に戻ろう)


 自制心より好奇心が勝ってしまったミーシャは、モディラのワンピースの裾に手をかける。


 と、そこへ。


「み、ミーシャさん? な、何、してるんですか?」


 エリサが部屋に入ってきた。エリサはミーシャの様子を見て、顔を引きつらせる。


「ま、ま、まさか。ミーシャさん」


「ち、違うよエリサ。もし変なことを想像してるんだったら、断じて違う!」


「よ、酔った女の子に、いたずらを……?」


 慌ててミーシャは、エリサの近くまで駆け寄ると、両肩に手を置いてじっと見つめる。

 エリサからもエールの甘い香りがする。かなり酔っているのだろう。


 「違うって。そんなことするわけないだろう?」


「ほ、本当ですか? 信じていいんですよね?」


 エリサは、ミーシャの真剣なまなざしに見つめられ、少し照れた様子だった。


「当たり前だろエリサ。アタシがそんなことするように見える?」


「そうですよね! ミーシャさんが、そんなことするはず、無いですよね!」


 そうしてエリサは、まるで外から人が入ってくるのを拒むかのように、背中をドアに預けて入口を閉める。


「……?」


 エリサの意図がよくわからない。ミーシャは困惑した。


 するとエリサは、自らの手で、祭服とその下のワンピースをたくし上げはじめる。


「……もし女の子のハダカがみたいんなら、わたしの、見せてあげますから。他の子のは、見ないでください」


 そういって、エリサは妖艶さすら感じさせる潤んだ瞳をミーシャに向ける。

 ミーシャは、心臓に短槌(ハンドメイス)で一撃食らったような、ドクンという大きな高鳴りを感じた。

 口の中が乾く。つばを飲み込む。ミーシャはエリサの白くて細い太ももから目を離せない。

 

 しかし。


「ん? エリサ?」


 次の瞬間。エリサの手から、祭服が離れた。ぱさっという音がして、たくし上げられていた裾が元に戻る。


「寝てる?」


 ミーシャがよく見ると、エリサはドアに背中を預け、立ったまま眠っていた。


 

 ◇


 

 酔っ払い2人を寝かしつけたミーシャは、階下に降りる。

 すでに他の男たちも寝る時間なのか、先ほどより数はかなり減っていた。


「あら? 戻ってきたの?」


 受付嬢が、テーブルに残された食器類を片付けながら、ミーシャに声をかけた。


「ああ。2人ともよく寝ちゃって。すっかり酔いがさめちゃった」


「まだ飲む?」と受付嬢に聞かれて、ミーシャは頭を横に振り、「冷たいハーブ水と、少しお腹にたまるもの頂戴」といった。

 

 受付嬢が持ってきたのは、先ほどの白パンを火であぶり、薄切りのチーズに生ハム、それにピクルスのみじん切りが乗った軽食だった。


「なあ、ちょっと教えてほしいんだけど、いいかな?」


 ハーブ水とパンが乗ったトレイを受け取り、ミーシャは受付嬢に声をかける。

 受付嬢は「何? ナンパ? あんなかわいい子2人も連れて、いけない子。いいよ。お姉さん、ゲルダっていうの」と言って、ミーシャの隣に座る。


「いや、あの、ナンパじゃなくて」


「冗談。今日はお店の方で、しっかり稼がせてもらったからねー。情報料はものによってサービスしとくよん」


 ゲルダはそういって「で、何が知りたいの?」と両手で頬杖をついて、ミーシャをじっと見る。


「親爺さんが言ってたことが気になるんだ。フリンジ辺境伯家が、だいぶガタガタみたいで、大丈夫かなって?」


 するとゲルダは、渋い顔をして「お父さん、また旅の人にいらんこといっちょーねー。まったく、もう」と愚痴を言って、


 「あのね。主都シャロンにもし行くんだったら、気を付けたほうがいいわ。あの女の子2人とも、ブノア修道会の子なんでしょ。シャロンは、何年も前からスコラ派の方が幅を利かせてるわ。スコラ派はブノア派を目の敵にしてるから、いやがらせされるかも。しかもあの子たち、ドワーフと、もしかしたらハーフエルフじゃない? スコラ派は人間至上主義だから、亜人だからって迫害されるかもよ。女の子でブノア派で亜人って、あいつらからみたら家畜みたいなもんとしか見られないわ」


 エリサはハーフエルフじゃないが、ゲルダが「家畜みたいなもん」と言ったことに、すこしイラっとした。


「今はね、辺境伯家は事実上、スコラ派に乗っ取られたといってもいいぐらいよ。だから、もともと住んでた亜人たちも、みんな逃げ出してる。領主様、昔はよかったらしいけど、スコラ派の『てくのくらしー』? ってやつに惚れこんじゃって。おかしくなっちゃった。それのおかげで領内は発展したけど、なんだか居心地が悪くなっちゃった」


「ろくに忠誠を誓う家臣がいないっていうのは?」


「ああ。うちのお父さん、そんなことまで言ったのね! これはあんまり大っぴらにしてほしくないんだけど。なんか、スコラ派の顧問団にそそのかされて、家臣団の土地を次々没収してきたの」


「えっ。そんなことしたら、反乱が起きるじゃないか」


「だから、遠征の際に討ち死にさせるの。で、相続に介入して、土地を巻き上げる。戦に出ない家は武力を持たないから、有無を言わさず没収。その代わり、土地を没収された家は、辺境伯家から恩給を貰うの。ただ、その道を選んだ家は、自前で軍隊を持たなくてもいいようになるんだって」


「でも、それじゃあみんな、先祖代々の土地がなくなるじゃないか?」


「うん。だから、ほとんどの家は、領邦地帯に亡命してランツクネヒトになったり、屈辱に耐えて家臣団のままでいたり。うちも潰された家の一つよ。あ、でもうちは貴族じゃないわ。お仕えしていた貴族家が、その手口でなくなっちゃったの。もともとうちは、先祖代々厨房方なの。だから、うちの料理、おいしいでしょ?」


「そうだね」といって、ミーシャはパンにかじりつく。

 ゲルダは、その様子を見てニコッと笑ってから、


「しかも、よりにもよってあのドラ息子に領主様の爵位が僭称されるなんて。考えただけでも殺意が沸くわー」


 一瞬、凄まじい表情を浮かべて、低い声で言った。だが、すぐにゲルダは顔つきを戻し、


「これくらいでいい? お役に立てたかな? ……『鬼殺し』のミーシャさん?」


 表情の変わりように驚いていたミーシャの鼻を、ゲルダは人差し指で、ちょんとつついた。 

平日月・水・金の20時半更新です!


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