第5話 今夜はごちそう!
基本的には、ミーシャはしまり屋である。財布のひもはかなり固い。
とはいえ、降って湧いたような臨時収入のおかげで、ミーシャの財布の紐も今日ばかりは緩もうというものだ。
他のギルドのご多分に漏れず、ここも宿屋と酒場、食堂に雑貨屋を兼業している。
そのため、今晩3人はこのギルドにお泊りだ。
「うわぁ♡」
エリサの瞳が、きらきらと輝いた。
彼女たちが囲む丸テーブルの上には、一抱えもあるような土鍋が鎮座していた。
中には新鮮な鶏肉にニンジン、カブ、タマネギなどの根菜、薫り高いキノコがクリーム仕立てのシチューの中で泳いでいる。
鍋は保温性が高いのか、火からおろしてもまだぐつぐつと煮え立ち、濃厚な香りが鼻腔をくすぐる。
それにあわせるパンは黒パンではなく白パン、しかも今日焼いたばかりのものだ。
ふつうは数日経ったものが供されるが、今日は予期せぬ臨時収入の当てが付いたことで、ぜいたくにもわざわざ焼いてもらったのである。
「これに。チーズを。乗せるんですよね?」
給仕も務める受付嬢の娘に、エリサは食いつくように尋ねる。
「うん。ちょっこし待っとってね。今用意するから」
娘は小さな鉄鍋に、暖炉の中からカンカンに真っ赤に熾った炭をいくつか取り出し、鍋に入れる。
大きなチーズを半分に切ってあるものを、専用の台に立てかけ、炭が入った鉄鍋で炙る。
すると、
「ほああ……っ」
エリサの感嘆の声。ぶちぶちと泡立ちながら溶けたチーズが、だばぁ、とスライスしたパンの上に雪崩のように垂れかかる。
「さぁ、チーズがとろけて熱いうちに、どうぞ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、エリサがパンにかじりついた。
それから少しして。
「ぷはぁっ。こ、ここのエールは、なかなかおいひいれすね。うちのそういんもまけませんれど」
モディラが、ピッチャーになみなみと注がれたエール酒を一息に飲み干す。
モディラは、重いピッチャーをドシン、と鳴らしてテーブルに置いた。すでに3杯目だった。
「えーるはれすね、もろもろ、しおまじょさまがおちゅくりになら、なられたんれすよ? それらから、ぶのやしゅうろうかいれは、どこれもえーるをつくってるんれす」
「へえ、そうなんだ」
ミーシャは、酔ったモディラの様子に驚きつつも、自分も素焼きのコップに注いだエールを口にする。甘みとコク、少しの酸味と苦味に、わずかにシュワシュワとした微発泡。すっきりと飲みやすいが、クリームシチューやとろけたチーズに負けていない味の深みがある。
「甘くて飲みやすいですね。酒精は穏やかなので、いきなり酔いつぶれたりしなさそうです」
エリサも、かなりいいペースでエールを飲んでいるが、こちらはモディラのように正気を失ってはいないようだ。
「えーるは、おんなのひとが、つくるんれす。あいじょうがないと、すぐにくさってしまうんれふよ」
ろれつが回らなくなりながら、エールについて力説するモディラは、最初のうちこそおとなしくコップでちびちびやっていたのだが、3杯、5杯と重ねるうちにめんどくさくなって、ついに5人前は入るピッチャーでそのまま飲んでいた。
「ねえ。お嬢ちゃん。飲みすぎじゃない?」
3人の中で一番小さなモディラがべろんべろんになっていることを心配した受付嬢が、モディラの注文したお代わりを一応持ってきつつ、心配する。
「おねいさん。だ、だいじょうぶれす。どわーふは、あかちゃんのころから、えーるをのんれいまふ!」
「そのわりに、ずいぶんベロベロじゃない」
「いいえ。まだよったうちには、はいりません! それにひとばんねれば、ちゅっきりもとにもどりまふから!」
モディラは受付嬢からピッチャーを受け取り、ごくごくと半分ほど飲み干してから、テーブルに置いた。
今日はここの宿には、数組の旅人が泊まるようだ。
農作物の出荷に向かう農夫たち、地方を渡り歩く行商人、ミーシャたちと同じ冒険者など。
それぞれに予算と腹具合をみながらめいめいに食事を楽しんでいたが、モディラの飲みっぷりにみんなの注目が集まる。
「あのドワーフの嬢ちゃん。酒に強んだか弱いんだか、わからねえな」
「おらんちの馬が水呑んじょうように見えらぁ」
「そげ、そげ」
「いい飲みっぷりだわ。修道女じゃなかったら、声かけてたかも」
「えっ。お前。あれはかわいいけど、まだ子どもだろう」
「ドワーフ族の女ってさ、あれくらいでもう大人なんだってさ。でさ、あれからもっと育つと、肉付きがすごくよくなるよな」
酔っているせいもあるだろうが、男どもも好き勝手言っている。
そんな男どもへ警戒するように一瞥をくれ、ミーシャはお代わりのマグを持ってきた受付嬢に聞く。
「ドワーフって酒ばっかり飲んでるっていうけど、こんな感じなのか?」
ミーシャの言葉を聞いた受付嬢は、ちら、とミーシャに視線を合わせて、かすかに首を横に振る。
「モディラさん。飲んでばかりじゃ、せっかくのごちそう、冷めてしまいますよ?」
エリサは飲むより食べる方なので、クリームシチューをすでに3皿、平らげている。
一人で土鍋の半分を食べそうな勢いだ。いや、おそらくすでに、半分は食べている。
ただ、飲む量もそれなりだ。かなり酔っているに違いない。
「ほうれすね! えりしゃしゃんがそのようにおっしゃるのれすから、いただかないと!」
シチューをすくう木べらのスプーンを握りしめて、モディラは体をゆらゆらさせはじめた。
「「?」」
モディラはそのまま目を閉じて、やがて、ぐぅぐぅと寝息を立て始めた。
「しゃあねえ奴だな。アタシ、部屋にちょっと運んでくるよ」
ミーシャはそういうと立ち上がり、酔いつぶれて寝てしまったモディラを「よいしょっと」と肩に抱き上げた。
そして、ホールの端にある階段から2階の女性用寝室に運びあげた。
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