第4話 ミーシャさんはお金大好き
「へえ。あなたたち、あの狼たちの群れをやっつけてくれたの。こんな田舎じゃ、引き受けてくれる冒険者も少なくって、助かったよ」
今日の目的地である村の冒険者ギルド。
そばかすの浮いた明るい雰囲気の受付嬢は、ホールにしつらえられた大暖炉に薪をくべながら、ミーシャの差し出した狼のしっぽを見ていた。
「えっ? すごい、もしかしてこれって、ヌシのしっぽ?」
大きなしっぽがあることに気づいたとき、受付嬢はひときわ大きな声を上げる。
そして、「ちょっとこれ貸して」というと、ヌシのしっぽをもって、奥の部屋へ行く。
「お父さーん。ちょっこしぃー」
やがて、金物がガラガラとぶつかり合って響く衝突音。
ついで、豊かな鼻ひげを蓄えた、禿頭の親父が転げるように3人の前に現れた。
「あ、あんたら、あのヌシを倒したのか!」
親父は口にくわえたパイプを落としそうになりながら、食い入るようにミーシャに尋ねる。
「ああ。あれ、やっぱりヌシだったのか。どうりでデカいわけだよなぁ」
「本当。大きな狼でしたね」
「正直、生きた心地がしませんでした。思い出しただけでもまだ震えがきます」
どこか余裕のある3人の様子を見て、親父はあんぐりと口を開ける。
「あいつは、もう何年も前からこのへんを根城にしとった狼のヌシなんだ。さんざん、家畜や旅人がアレの餌食になっててな。このへんの領主や商人組合から懸賞金出てたんだが、どうにもならん。だから、そろそろランツクネヒトにでも頼まな、なんて話してたんだよ」
「ランツクネヒト?」
「ああ、あんたらはこの辺のモンじゃないのか。だったら知らんだろうなぁ」
この辺のモンであるモディラは、
「ボクは「ランツクネヒトはよぉ、領邦地帯の男爵やら子爵やらの一族郎党連中でよ」
「ボク、領邦「奴ら、年中戦争ばっかりしよるから、カネはねえが、腕っぷしはあらぁな」
「ヴァーダン僧院の「で、傭兵団として大陸中をうろついてて、金目当てで何でもするのさ」
そこまで言って、親父はへえ、と唸りながら、ヌシのしっぽをしげしげと眺める。
モディラは不満げな顔をして、むすっと黙り込んだ。
「……ところで、物は相談だが」
急に親父は、ミーシャに顔を寄せて、声を潜めた。
「な、なんだよ。急に怖い顔、近づけんなよ」
ミーシャは親父が急接近したので、少したじろいだ。
「あんたらが討伐したこのヌシの件、内密にしてくれんか?」
「へ? なんでよ」
「いやな」
親父は少し苦い顔をして、
「ここいらは、フリンジ辺境伯領ってことぐらいは、聞いたことがあるよな」
「うん」とミーシャは気の抜けた返事をする。
「そこによ、どうしようもねえドラ息子がおるんだ」
「へぇ」とミーシャ。
「ドラ息子?」とエリサ。
「フィルマール子爵ですか」モディラが投げ捨てるように言う。
すると親父は、「ドワーフのお嬢ちゃん、旅の人なのによく知ってるねえ」と驚きを込めた口調で答えた。
モディラは褒められたことがかえって不服なのか、よけいに微妙な表情をした。
「で、そのフィルマール子爵がどうしたのさ?」
そんなモディラの様子を見ながら、貴族嫌いのミーシャは、ことさら興味なさげに言う。
「辺境伯と言えば、武功あっての一門なんだわな。領邦地帯のはねっかえりやら、国境付近の山賊団、魔物なんかを討伐するからこそ、でっけえ領地を持ってる」
「うんうん」
「だがよぉ」
そこで、親父はやれやれ、といったポーズをわざとらしくし、
「そのドラ息子は、女の尻ぃ追いかけることはできても、武功の方はからきしなんだ。次期当主がそれだぜ? 今のフリンジ辺境伯、親の身としちゃあ、心配でならん」
「へえ、それは困りましたね」
とエリサは、わかったようなわからないような返事をした。
「しかもフリンジ辺境伯、中風(脳卒中)で倒れて以来、政務はずっとドラ息子を代理にして、《スコラ修道会》の顧問団をつけてやらせているらしい。辺境伯本人は、公の場にも出てこない。めったなことはいえないが、もう実は亡くなっている、なんて噂もあるぐらいだ」
親父の口から、スコラ修道会の名前が出たとき、モディラはちょっと嫌そうな顔をした。
「まあ、領内の権力を自分に集中させようとして、これまで有力な家臣を追放してきたツケだわな。ロクに忠誠を誓う家臣もいないし、唯一の嫡男はアレだし」
そこまで言って、親父がさらに声を潜める。
「で、今ここに、領内を悩ましてきた狼のしっぽがあるってことだ」
「あー、すると」
そこでミーシャは、合点がいった。この狼は、ドラ息子が討ち取ったことにするのだろう。
親父はぴしゃりと自分の禿頭をひと打ち、
「わかるか。わかってくれるよな。これもまぁ、渡世の義理ってやつよ。俺たちギルドも、領主様には逆らえない。内証金はたんまりはずむからよ。ヨロシク頼むぜ」
「いくら?」
「通常の討伐報酬が、金貨30枚。内証金が、追加で20枚。あわせて金貨50枚(日本円で約250万円)」
「悪くないね」
ミーシャは、にやりと悪い笑みを浮かべる。
いや、本当は、悪くないどころかすごくいい。
ミーシャはまるで富くじに当たったかのようで、内心では踊り出したい気持ちでいっぱいだった。
「むむ。なにかミーシャさんに、悪しき気配を感じます。聖典にいわく『企みのある人は偽りの笑顔を見せる』です」
「本当ですね。モディラさん。ミーシャさんは、お金が絡むとこういう顔になるんです」
「なんと。むむむ」
モディラが少し渋い顔になると、
「なにがむむむ、だ。モディラの取り分もあるんだからな」
ミーシャは、モディラの頭をわしゃわしゃしながら言った。
「はう。ボクはそのお金を受け取ってもいいのでしょうか」
ミーシャに髪をくしゃくしゃにされたモディラが、ぼそりとつぶやいた。
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