第51話 はじまりの村
羊飼いたちの集落から、カンブレーの村まで、ヨーゼフが荷馬車で送ってくれた。
道々、エリサはミーシャに、師匠であるアルボフレディスとの思い出を延々と話し続けた。ミーシャは多少飽きていたが、それでもエリサが記憶を取り戻したことがうれしくて、「うんうん」と相槌を打ちながら話に耳を傾けていた。
「お師匠様は、きれいな黒髪の女性でした。でも、ちょっとずぼらな人だったから、ときどき髪もボサボサで……」
「へえ。じゃあ、ハンナおばさんが大事にしてた、聖人画の白魔女とは……」
「全っ然、似てません!」
「だろうね」
そういって、2人は笑った。
「あねっこら、そんまむらさつぐべ」
やがて、ヨーゼフが2人に声をかける。
遠くに、カンブレーの村が見えてきた。
何日かしか経っていないのに、相当長い間、村から離れていたように感じる。
「おう、ミーシャ。お前生きてたのか」
「おうい、みんな。《鬼殺し》のミーシャさまが戻ってきたぜ!」
冒険者の一人が、ミーシャを指さし声を張り上げた。
「ミーシャ。お前すげえなあ!」
村に着いたその足で、冒険者ギルドに出頭した2人を出迎えたのは、なじみの冒険者たちだった。ミーシャたちの姿をみかけると、十数人がわらわらと集まってくる。
「あの、なに? その《鬼殺し》って……」
「なんだおめぇ、自分のことなのに知らないのか?」
「お前がゴブリンの巣で最後、討伐したでけぇトロルがいただろ。あいつ、ギルドで照会したら、トロルキングだってよ。すげえな、トロル1匹でも、名うての戦士が数人がかりで倒すのに、鬼族最上位種のトロルキングっていやぁ、軍隊でも出さなきゃ倒せない災害級の魔物だぜ」
「だからよ、冒険者ギルド連盟公認で、お前に二つ名がついた。《鬼殺し》のミーシャだ。いやすげえ、これより上は、《竜殺し》ぐらいしかねえぞ」
「あーあーあー。ちょっとまって。アタシ一応、女だよ。なんだよ、そんな二つ名じゃ、嫁にいけないじゃんか」
「なんだよ。お前、そこの嬢ちゃんを嫁にするんじゃねえのか?」
そういうと、冒険者連中がどっと沸いた。
「そこの嬢ちゃんよ、ぶっ倒れたお前を抱きしめて『私が看病します!』って聞かなかったんだぜ」
「だからさ、リンドムートの姐御もしょうがねえって、あの羊飼いのじいさんのところに置いて帰ったって寸法よ」
ミーシャは驚いてエリサを見ると、エリサは下を向いてもじもじしている。
「そういえば、他のみんなは?」
ミーシャは話題を変えようと、一緒に討伐へ赴いたひょろ長の冒険者に問う。
「ああ、戻ってきたやつもいる。ダメだったやつもな。深手を負って、稼業は廃業ってやつもいる。まあ、楽園に行っちまったやつの方が少なかったから、よかったんじゃねえのか?」
男は、少し言葉を濁しながら言った。
「そんなことよりよ、ミーシャたちが戻ってきたら、爺さんのところに来るように言ってたぜ」
少し湿っぽくなった空気を追い払うかのように、だれかがミーシャに言った。
2人が、ギルドの事務を担う例の老人に向かうと、そのまま連れていかれたのはギルド内の応接間だった。
そこで半刻(30分)ほど待たされ、その間にハーブを煮出した甘茶に、砂糖をまぶした丸い揚げ菓子が山盛りに供される。この田舎で砂糖を使った菓子は、めったに食べられない超ぜいたく品だ。
エリサは遠慮なくむしゃむしゃと食べ、ミーシャはちょっとつまむぐらいなどして過ごしていると、やがて、侍女に付き従われたリンドムートが入ってきた。2人は慌てて立ち上がる。
この日のリンドムートは軍装を解き、ドレスを身に着けていた。落ち着いた深紅を基調とした、簡素ながらも上質で品格があり、やはりこの人は貴族なのだ、と思わせる風格がある。
「まあ座ってくれ。ミーシャ、エリサ、よく戻ってきた。この度の討伐戦、軍功第一位はそなたたちだ」
そして、リンドムートは、唖然として立ちすくむ2人の肩に手を置き、小声で
(驚かせてすまない。ドレスが似合わないことは、わたしが一番わかっている……)
とささやく。
そういうことではない、とミーシャは思ったが、口をつぐんだ。
リンドムートは、すぐに表情を改め、
「まさかあの巣に、トロルキングがいるとは思わなかった。通常なら、当家の騎士全員を出動させなければならないほどの魔物だ。それを、そなたたち2人が討伐したのだ。そのため、通常のギルドから支払われるべき報酬に、当家からも上乗せしたい」
そういって、そばに控えていた代官に目配せをする。
代官は手にした袋を、リンドムートに渡し、リンドムートはそれをミーシャに渡す。袋の中では、ちゃらちゃらと金属が滑らかで心地よい音を立てていた。
「金貨200枚ある」
「に……ひゃく、まい!」
ミーシャが思わず目を剥いた。金貨5枚で4人家族が1か月食えた時代の100枚である。現代日本に換算すれば、1000万円近くにはなるだろうか。
「ギルドの報酬金貨10枚は、また別に受け取るがよい」
そういうと、リンドムートはソファに優美に座り、
「どうだ。当家に仕えれば、月に金貨10枚。むろん、1人につき。それに、屋敷の中に専用の部屋と日々の食事をつける。そなたたちの力があれば、当家は百人力だ」
といった。
すると、2人は、そろって静かに首を横に振った。リンドムートはそれをみて一笑し、
「だろうな。だが、私はあきらめないぞ。そなたたちが使命を果たし旅が終われば、ぜひ当家に来てほしい」
◇
それからは、ゴブリンの巣討伐の祝勝会と、その戦いの中で逝ってしまった仲間たちの弔い会が行われ、やること自体はどちらも同じだ。派手な宴会が連日続いた。
やがて、喧騒は元の日常に収まり、人々はいつもの生活に戻っていく。
そんなある日の早朝である。
旅支度を終えたミーシャとエリサは、ギルドの受付で、リリーとゲイルに声をかけられた。
「ミーシャ。今日、村を立つのね? エリサさんと一緒に」
リリーは、寂しそうなまなざしをミーシャに向けていた。
老人も、ひげをしごきながら言う。
「ミーシャ。お前さんは、一人前になってから、ずっとここが拠点だったな」
2人に声をかけられて、ミーシャはきっぱりと告げる。
「アタシたち、やることがあるんだ。だから、今日、ここを立つよ」
リリーはそれを聞いてぐっと押し黙る。涙をこらえているようだ。
そんな孫娘の様子を見て、ゲイルが間をつなぐ。
「ふん、まあ行って来い。ワシが生きてる間ぐらいには、戻って来いよ」
「へっ。爺さんが死ぬまで、まだ何十年もありそうじゃん」
「うるさい。年寄りなんてのはな、いつ死んじまうかわからんのだ」
そこまで言って、ゲイルは「ほれ」といい、リリーの背中を押した。
リリーは、前に押しやられ、少しためらった後、ミーシャと、次いでエリサに、とても小さな布袋を渡す。
ミーシャの方が細やかな造りだが、大きさは一緒だ。
「お守り。ずっと、大事にしていてね……」
リリーは、必死で泣くのをこらえて、顔を真っ赤にしながら言う。
「わかった、大事にする」
ミーシャはリリーの頭を撫でると、お守りを腰のポーチにしまう。
エリサも、その様子を見て、無言でローブの内ポケットにしまった。
すると、ミーシャは思い出したかのように、リュックの中から、柘榴石の塊を取り出した。
「リリー。これ。一番きれいな部分は、リリーにやるよ。後の部分は売却して、預かっててくれる? また戻って来るからさ」
柘榴石の塊を受け取ったリリーは、一瞬、目を丸くしたが、やがて、
「うん!」
と元気よく言った。
◇ ◇ ◇
ギルドの外に出ると、太陽が昇り始めている。初秋の朝の冷気が村の中に霞となって流れている。
2人は、村の入り口である門の前までやってきた。
振り返ると、いつもと同じ日々を繰り返し始める、村の生活があった。
だけど、2人は、これから先に歩んでいく道をまっすぐ見つめる。
「ミーシャさん。これからも、宜しくお願いしますね!」
エリサが言う。
「いいよ、エリサ。どこまでもどこまでも、一緒に行こう!!」
ミーシャはそう答えて、エリサの手を取ると、2人で新しい一歩を踏み出した。
第1期 おしまい
これで、第1期はおしまいです。お読みくださりありがとうございました!
これからはじまる物語。
制作中に聞いていた神曲のURLを置いておきます。
このお話のオープニング曲でもあり、エンディング曲でもあります。
https://www.youtube.com/watch?v=18T094T1wJw
来週月曜日から、第2期をお送りします!
次回以降、投稿時間を1時間早めて「20:30」にします!
最後に、もしよろしければ、評価、ブックマーク、感想などお寄せいただけるとありがたいです!
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では、また次回もよろしくお願いします!




