第50話 取り戻した記憶
夢を見ていた。そう、きっとこれは夢だろう。
ミーシャは、おぼろげな景色の中、森の中を飛んでいた。
(ここは、森? 見慣れない景色だな……)
人里離れた森の中。見慣れない木々や植物が豊かに育ち、アナウサギやフクロリス、コケイタチなどに混じって、希少種であるトビウサギたちもふわふわと宙を浮き、たわむれあっている。
(どこだろう……)
ミーシャはなおも低く飛びながら、森の奥へ進む。
やがて、
(家だ)
森の中には似つかわしくない、一軒の可愛らしい家があるのを見つけた。
(これは、夢で見たあの家だ)
ミーシャは、その家の方に向かって飛んでいく。不思議と、警戒感はなかった。
すると家のドアがわずかに開いて、小さな子どもが外に飛び出してきた。
簡素だが清潔な、イヌのアップリケがついたチュニック。森に差し込む光にきらきらと輝くローズゴールドのふわふわした長髪。淡くて甘い菓子のような桃色の瞳。造形の神が、甘かわいいという要素を全て詰め込んだかのような顔立ちと華奢な体つき。
(小さい頃のエリサだ)
ミーシャは、自分の姿がきっと見えていないだろう、と勝手に思いこみ、そのエリサの方を少し離れてじっと見つめる。
するとエリサは、ミーシャが見えるのか、無言でこちらの方をじいっと見つめると、にぱっと笑って手を振った。
(ヤバい、見えてるっ?)
「どうしたの? だれか来てるの?」
ドアの向こうから声がして、女性の姿がわずかに見える。
黒いひっつめ髪に、少し切れ長の眠そうな目。化粧っ気はなく、鼻が低めで少しのっぺりとしたような顔は、美人でも不細工でもない。丸い眼鏡をかけていて、こころなしか、エリサに似たような雰囲気があるが、けして顔が似ているわけではない。
「ししょー。とびうしゃぎしゃん」
……「ああ。ほんとだ。親子だね。かわいいね」
師匠と呼ばれた女性は、そういって幼女の頭を優しく撫でた。
ミーシャがあたりを見回すと、トビウサギの親子が、木々の果実をつまんでいるところだった。
「今日はよく晴れたから、おさんぽに行こうか」
「うん!」
2人は手をつなぐと、戸外に出て、ミーシャの横を通り過ぎて森の中に入っていった。
すれ違いざま、ミーシャは女性と目が合ったような気がした。
◇
次の瞬間。目覚めたミーシャは、干した藁のいい匂いとともに、べろり、といきなり顔を舐めてきた犬の存在に気が付いた。
「わん!」
犬が激しく尻尾を振って、元気よく吠える。ああ、ヨーゼフさんとこの、名前はなんだっけ……。
「アベルさん? どうしたんですか? あ、ミーシャさん起きたんですね!」
そうそう、アベルだ。
そう思ったミーシャは声の主をみて、エリサが部屋の入り口に立っているのに気が付いた。
「おはようございます。もう10日も、寝てたんですよ?」
そういうと、エリサは、ふふっと笑いかける。
「あ、えーと」
「大トロルを倒して、そのあとミーシャさん気絶しちゃってたんです。で、ヨーゼフさんのところでお世話してもらえることになって。リンドムートさんたちは、先にカンブレーの村に戻りました」
「あ、じゃあアタシ、本当に崖から飛んだんだ」
するとエリサは、さらに笑みを浮かべて、
「ミーシャさん。たぶん、あの祠で光に包まれたとき、‡身体強化‡の祝福を受けたと思います。効果は永続。だから、ミーシャさんは生きてる遺物になった、ということですね」
「え、意味わかんないんだけど」
「わからなくても大丈夫です。はっきり言えることは、ミーシャさんはその気になれば、ちょっとぐらいの崖から落ちても死なないし、馬より速く走れるし、トロルよりもずっと力が強くなったってところでしょうか」
「え、エリサ、それわかってて、飛べっていったの?」
「うーん。たぶん、そうなんだと思います。正直なところ、あの時はそんな気がしただけで、ごめんなさい、寝ている間に、ちょっとミーシャさんの体を調べさせてもらいました。そしたら、さっきみたいな状態になってたんです」
「えー。なんなのそれバケモノじゃん。そういうエリサはどうなのよ?」
ミーシャが布団から体を起こしながら言うと、エリサは、ふふん、と鼻を鳴らし、
「わたしは! 記憶を! 取り戻しました!」
とぺったんこの胸をぐっと張り、得意げに言った。
「え、全部?」
「あ……一部だけです。でも、あの魔導書に書かれている魔法体系も思い出したんですよ!」
そういって、エリサはローブの中から、一冊の本を取り出す。
「《クロウテルの魔導書》……」
エリサは近寄りしゃがみこんで膝立ちになりつつ、本を開くと、
「ほら、ここ見てください!この体系!【生命】の魔法、全部習得したんです」
そこには、複雑な図形と象徴めいた絵の数々、そして文字の羅列が載っている。
「いや、アタシ文字読めないし。それに絵を見てもなんのことやら……」
するとエリサは、うっと言葉に詰まり、
「ごめんなさい。わたし、ちょっとはしゃいじゃいましたね」
急にしゅんとなる。なぜか隣にいたアベルも、耳と尻尾を垂らして「きゅうん」とうなだれた。
「ああ。いいのいいの。でも、エリサの記憶が戻ってよかった」
そういって、ミーシャは、エリサの頭をぽんぽんとなでた。
「それで、何を思い出したの?」
「お師匠様の顔です!」
エリサの顔がぱあっと明るくなり、満面の笑みが浮かんだ。
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