第47話 祠の中にて(上)
エリサが放ったのは、自分でもよく覚えていないが、とにかく大爆発を起こす組み合わせを片っ端から組み合わせたものだった。
「うっ……げほっ、ごほっ」
激しい爆発の直後、もうもうと湧き上がる土埃の中、エリサは周囲の様子をうかがった。
あたり一面、灰を撒いたかのように真っ白だ。やがて、少しずつものの輪郭が見えてくる。
「ミーシャ、さん?」
周囲はがれきの山だった。熊トロルは、わずかに足首から下を残して、木っ端みじんに四散していた。
ミーシャの姿はどこにもなく、また、ついでながらル・ガルゥの姿も見えない。
「あわわわわわ……っ」
エリサは、ミーシャまで爆散させてしまった、という考えがふと頭によぎった。すると途端にどっと汗が噴き出し、激しい耳鳴りとめまいが生じる。内臓の全てをかき混ぜられたようなショックが、体の内側から沸き起こり、脚が急にガクガクと震え出した。
「み、みいしゃ、さぁん?」
「み」
「み」
「みいしゃ、さ、ん」
嘘だ。攻撃力を持たない自分が、めったやたらとはいえ放った魔法で、こんなことになるはずはない。
エリサは杖にすがりつくと、やっとなんとか立っていられるほどだった。
ややあって、ごとり、とがれきの一角が崩れ、中から人の腕が出てきた。
「み」
「……エリサぁ、やりすぎぃ」
がれきがごとごとと押しのけられ、中からミーシャが姿を現す。
「ったぁ。もしかしたら、どっか折れたかもしれない」
打ち身に擦り傷まみれ、鎧も服もボロボロのミーシャだ。
「みいしゃ、さぁん」
エリサは杖を手放すと、ミーシャの方に駆け寄った。
そして、【治癒】の魔法をすぐさまかける。ミーシャの傷が、たちどころに癒え始めた。
「みいじゃざぁん、いぎでだんですねぇ……」
エリサは泣きながら、ミーシャに【治癒】をかけ続ける。
「うわ、エリサ鼻水まみれの埃まみれ。ひどい顔」
ミーシャは魔法で傷を癒してもらいながら、エリサの顔を見て、思わず笑う。
「な、なんでわらうんでずがぁ~」
「エリサ。もう大丈夫、ケガ治ったから。で、はい、これ、鼻水チーンして」
ミーシャはポケットの中に入れていた布切れを取り出すと、エリサの鼻を押さえる。
エリサは素直に鼻をかみ、ミーシャはその布切れを打ち捨てた。
「エリサ」
「はい」
「この爆発で、間違いなく【認識阻害】の効果はなくなってると思う。みんながここに来る前に、目的を果たそう」
「そ、そうでした!魔導書!」
エリサがびっくりしたような声を上げると、ミーシャは後方を振り返る。
「で、ここが祠の入り口。あの爆発の直前、アタシ、祠の入り口の、この岩壁に隠れたんだ」
エリサが再び驚いて、ミーシャの背後を見る。そこは、崩れかかった岩室の入り口だった。
「もしかしたら、結界の石扉で守られたのかも」
エリサは前に星幽体の姿で見た、文字のようなものが書いてあった石の扉が、ばらばらに崩れているのを見た。ミーシャはこの中から這い出てきたのだ。
そして2人は、戦闘で痛む体を引きずって、岩室の中に入る。
「すごいよね。入り口あたりはめちゃくちゃなのに、中はびくともしてない」
祠の中に入ったミーシャは、感嘆の声を上げる。
「ほら、なんだかわからないけど、ずっと明かりがついてる。これ、どうやって動いてるんだろ?」
ミーシャが壁にかかっているランプに手を伸ばした。
その時である。
祠の入り口が、すぅ、と消えて、石の壁になった。
「え? あ、ちょっと。出口が無くなったんだけど!」
ミーシャが慌てて、入り口の壁を触る。つややかでなめらか。
おそらく人の手で作ったであろうその壁は、わずかな継ぎ目もなく入り口をふさいでいた。
「もしかして、罠? やだな、ここに閉じ込められるの」
「ミーシャさん。ここ、多分、大丈夫です。心配しないでください」
エリサは、前に見た時には気づかなかった、壁に書かれている文字を読み、そう言った。
「エリサ、この文字、読めるの? これ、多分神代文字だよ。教会の学者連中が必死に解読しようとしてるけど、さっぱり読めないって話だけど」
ミーシャは、壁に文様のようにデザインされた、直線と四角で構成される数十種類の複雑な図形を指さす。
「読める、というわけではないんですけど、なんとなく、書いてあることの意味が分かる感じです。……ここは、修行と瞑想の場だそうで、ランプが扉の鍵になってる、みたいです」
エリサの言葉に、ミーシャはへぇ、と唸るしかなかった。
「そんなことより、早く魔導書を手に入れましょう!」
そういって、エリサは祭壇に向かう。
「おお、これが……」
「はい。《クロウテルの魔導書》です」
祭壇に祀られていたのは、一抱えもありそうな、茶色い革で想定された、分厚い本だった。
「エリサが手に取りなよ」
ミーシャは、魔導書をまじまじと見つめているエリサに向かって言う。そして、これはエリサが探しているお宝だから、と言葉をつづける。
エリサは、ミーシャの言葉を聞いて無言でうなずくと、魔導書に向かってゆっくりと手を伸ばし、そして両手でしっかりとそれを抱え上げた。ゆっくり、ゆっくりとエリサは魔導書を手元に引き寄せると、おもむろに本を開いた。
突如、あたりにふわりと風が起こる。
そして、本それ自体が白く発光し始め、やがて蛇のようにうねる光の奔流が本の開いたページから飛び出した。風はそよ風から、徐々に勢いを増していき、やがて竜巻のような暴風に変わる。うっかりすると、吹き飛ばされそうだ。
「え、エリサ、なんなの、これ?」
ミーシャは本からほとばしる光のエネルギーに圧倒され、何とか目を開けているだけに過ぎない。ごうごうという猛烈な地響き、風の叫びにも似た轟音に、ミーシャの言葉はかき消される。
エリサは、自我を失ったかのような表情で、本を両手に捧げ持ち、じっととページの方を向いている。
(エリサ、大丈夫なの?!)
ミーシャは自分自身の体も、白い光に貫かれたような衝撃を感じながら、ただただエリサを見守ることしかできなかった。
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