第46話 強敵登場!(下)
再び、戦いが始まった。
ル・ガルゥ1匹だけなら何とかなると思っていたミーシャにとって、熊トロルの出現は戦況を一変させた。彼女が持つ小剣では、バトルアクスやポールアームなどと比べて、有効な一撃を加えることが難しい。手首、首筋など血管のある部位を狙うか、かぎ爪のついた指を切り飛ばすぐらいが有効打となる。しかし、トロルの首は分厚い脂肪と筋肉に覆われ、しかも目の前の変異種は、毛皮にまで包まれている。
トロルはエリサの魔法で倒すことになるだろう。しかし、エリサの攻撃魔法はろくに効果が出ない。今のところ、トロルに対する有効な手がない。
(となれば、ひとまず先にあのゴブリンだな)
「こちらからいくぞ」
ル・ガルゥは再び【石弾】を放つ。その勢いは、ミーシャの石つぶての比ではない。エリサは落ち着いて【障壁】を使い、2人に向かって飛来した石を防ぐ。石弾を防いだかと思うと、すぐにミーシャへ熊トロルのかぎ爪が振り下ろされてきた。
「まだ耐えられます!」
エリサは【障壁】の魔法に力を籠めると、空中に浮かぶ魔法陣が光り輝く。
ガシン!
と派手な衝突音がした。トロルのかぎ爪が、魔法陣にギギギギ……と食い込んで音を立てて食い込んでいる。
「今だ!」
ミーシャは、トロルの動きが一瞬止まったところで、地を這うように駆けだした。
狙うはル・ガルゥである。
低い姿勢から小剣を逆手に持ち、彼に肉薄して切り上げる。
「甘いわ」
しかしル・ガルゥは落ち着き払った様子で【障壁】を展開し、ミーシャの一撃を防いだ。
「そのメスにできて、俺にできないなんて思わないことだ」
そういって、ル・ガルゥは低い体勢になったミーシャの顎を蹴り上げた。
ミーシャは不意を突かれたが、顎すれすれのところで後方に宙返りし、ル・ガルゥの足蹴をかわす。と、そこへ再びトロルの一撃が頭上から振り下ろされた。
「危ないっ」
これにはエリサの【障壁】も間に合わず、ミーシャはとっさに小剣で振り下ろされた腕を受け止めようとした。トロルは「オッ」と唸ると、腰をひねり、振り下ろした腕の動きを横にずらし、腕が刃にあたるのを避けつつ、別の腕を丸太のように振り回す。これにはミーシャも対応できず、横薙ぎの腕が胸のあたりに激突し、そのまま弾き飛ばされる。
「……えーと、えーと、【発火】っ!」
エリサはそれを黙ってみていることはなかった。ミーシャが防御姿勢を取り始めた瞬間に魔法を詠唱、トロルに向かって射出する。バレーボール大の火球が、素早くトロルを襲う。
横回転をしてしまったトロルはこれを避けることはできず、肩のあたりに直撃し、火球は炸裂する。そして、トロルの毛皮が発火した。
「ヒ、ヒ! コワイ……! タスケテ!」
トロルは己の毛皮が燃え上がるのに恐怖を感じ、その場で転げまわった。顔の周囲まで瞬間的に燃え広がり、酸欠状態にもなっているだろう。攻撃魔法の【火球】なら、打撃と炎のダメージが主要な効果で、発火が続くのは一瞬だ。エリサの【発火】は、単に手元で火をつけるだけの魔法。松明を投げたのと変わりない。
エリサはとっさの機転により、【発火】の魔法に【投射】と【粘化】加え、ねばりつく炎を生み出したのだ。
「くそっ!」
ル・ガルゥはそういって、火に包まれるトロルを見て狼狽した。しかしすぐに、「これならっ」と魔力を帯びた土砂を、炎に包まれて転げまわるトロルに浴びせかけ、土砂の小山に彼を生き埋めにした。
「同士討ち?」
エリサはその光景に目を丸くしたが、やがて小山がもぞもぞと動いたかと思うと、中から砂まみれのトロルが長い腕を使い這い出して来る。
「ヒ、キエタ。オデ、コワクナイ」
「うまくいったか」
トロルは炎により相当のダメージを受けたはずだが、痛覚を消されているのか、一向に動じる様子がない。
「ミーシャさん、大丈夫ですか?」
トロルが這い出して来る隙に、エリサは祠の壁部分に叩きつけられ、うずくまっているミーシャを助け起こした。
「つぅ……やっべ、ちょっと気ぃ失ってたわ」
エリサに助け起こされたミーシャは、大きく咳き込むと、そう言ってゆっくり立ち上がる。
「何をぼんやりしている」
ル・ガルゥはその隙を逃さず、再び掌を下から上にあげる。何本もの太く長い土牙が、2人の足元からそこら中に生えてくる。
「おっと、何度も食らう手じゃないよ」
ミーシャはエリサを抱き寄せて一瞬抱え上げると、こんもりと円状になっている祠の壁を蹴って土牙から逃れる。さらには着地ざまに素早く石つぶてをル・ガルゥに投げつけた。
石つぶては、ル・ガルゥの頭部に当たる。思わぬ一撃をくらい、今度は彼がその打撃に頭を抱えて倒れ伏した。
「どうした? 得意技の石弾で一撃もらった気分は?」
「くっ! ニンゲンめ、やりおったな!」
這いつくばった姿勢から、ル・ガルゥは怒りに満ちた目でミーシャをにらんだ。
それを合図としてか、熊トロルが「ウオッ!」と一声唸り、2人に向かって突進してきた。
「はわわわっ」
「エリサっ、こっちへ!」
ミーシャはエリサの手を引き、抱きしめたまま地を転がる。熊トロルがやみくもに腕を振り回し、祠の周囲に立っていた石積みの柱や古いレンガの壁を吹き飛ばす。2人は、熊トロルの死角となる物陰に身を隠す。
「アタシが飛び出してあいつの気を引くから、エリサは何でもいいから、威力の高い魔法でアイツをぶちのめして」
「わかりました。それで、あの、ミーシャさん。一撃くらいならあの打撃に耐えられる魔法と、しばらくの間、お猿さんぐらい俊敏になる魔法があるんですけど、どっちか要りますか?」
ミーシャは一呼吸だけ考え、
「サル」
とだけ答える。
エリサはそれを聞いて手早く魔法を唱え、ミーシャの全身をなぞるように指先を動かす。すると、ぼぅ、とミーシャの全身がかすかに青く光り出す。
「有効時間は光が灯っている間だけ。段々点滅して、消えてしまいます。だから終わり際に気を付けて。わたしは魔法を準備します。合図しますから、ちょっとの間、耐えてください」
「わかった。ありがと。じゃ、あとヨロシク」
そういって、ミーシャはエリサの鼻をつん、とつつくと、派手に転がって飛び出していく。
「おい! お前の相手はこっちだ! 壁なんて壊したって無駄だよ!」
ミーシャはなおも暴れ続けるトロルに向かってそういうと、普段の倍ほどの俊足で駆け始める。
早い。これは、馬にも勝てるかもしれない。
「マテ! オマエ、ヒキニクニ、シテヤル!」
「ばぁか。そういわれて待つヤツがいるか!」
トロルは4本の腕を使って掴みかかるが、ミーシャは柱や壁などを蹴り、軽業を使って避け続ける。時にはル・ガルゥの放つ石弾も飛んでくるが、ついでに強化された動体視力の為か、いともたやすくそれを避ける。時には空中を駆け上っているかのように、ミーシャは宙を舞い続けた。
(エリサ、そろそろかな?)
ちらり、とエリサはトロルの後方に視線を向けた。
すると、物陰からエリサが姿を現した。
「ミーシャさん! 行きますっ!!」
直後、激しい爆風と強烈な光が周囲を包んだ。
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