第45話 強敵登場!(上)
ニンゲンがたくさんこちらに来ている、と報告を受けたのが、昨日のことだった。
ル・ガルゥはそれを聞き、やはり、この巣がニンゲンに発覚していたのだと察知した。
数日前に、妙な気配があった。ケルベロスを追っ手として差し向けたが、森の外で死んでいたことを考えると、かなりの強敵だったらしい。
そのため、昨日のうちに、若いオスの個体たちに、メス、子どもを連れさせて、ここからさらに森の深くにある水場に避難するよう指示しておいたのだが、それが功を奏した。オスのリーダーには、自分ほどではないが知性のある個体を指名したので、おそらくうまくやるだろう。
そして、ル・ガルゥは、ニンゲンたちを巣の中におびき寄せ、投石とトロル、それに秘蔵のヘルハウンドを使って、返り討ちにする作戦を立て、実行した。ゴブリンは老いたもの、壮年で気が荒いものだけを選び、コボルトたちとともに戦わせることにした。
ニンゲンが、我々ゴブリンを愚かな生き物だとみていることは、なんとなくわかっていた。だからこそ、こんな策など立てるはずはないと高をくくっていただろうし、個体同士でもニンゲンの方が強いからこそ、地形や武器、そして投入すべき戦力をギリギリまで隠し、時機を見て奇襲させるようにしたのだ。
そして、ここに来たニンゲンは、一人も生かして帰ってはならない。我々が知恵を持つことを、知られてはならないからだ。
作戦はうまくいった。ニンゲンは思った通りに正面から乗り込んできて、巣を荒らした。作戦通りに進めることで、多くのニンゲンを死傷させた。
だが、すべてうまくいったわけではない。トロル2体が倒され、もう1体とヘルハウンドも倒されようとしている。
潮時か。ル・ガルゥは、最後にその巣全体を覆うほどの無数の【石弾】を空から降らせて、できる限りニンゲンを倒してしまおうと考え、魔法の発動準備に入った。
遠距離かつ広範囲、しかも殺傷力の高い魔法を放つことは、かなり難易度が高い。通常ならば、ニンゲンの魔法使いでも不可能であろう。しかし、ル・ガルゥにはそれが可能だった。だがその分、発動のためには高い集中と時間を要する。
(しかし、ニンゲンたちは、こちらに気づいていないようだ)
実際にはエリサの【認識阻害】によるものだが、その勘違いが、彼の致命的なミスを招いた。魔法の詠唱を行うために、意識を集中させてしまったことで、2人のニンゲンのメスが向かって来ていることを見落としたのだ。
「ガルルルルッ!」
「あっ、こんなところに見張りがいた。ちぇっ、うまくやれば気づかれずにやれたのに」
異変を察知したル・ガルゥは集中を解き、瞑目していた目を開けた。
すると、使い番として近くに待機させていたコボルトが、ニンゲンに切り捨てられているのが見えた。
「っ」
ル・ガルゥは、とっさにニンゲンたちに向かって、《石弾》を放った。
◇
ミーシャとエリサは、物陰伝いに丘陵の段々を駆け上がり、祠のあるポイントまで来ていた。
そこには大きなゴブリンが何やら目をつむって立っていたのと、短剣を持ったコボルトがいた。
コボルトは一声唸ると、ミーシャたちに切りかかるが、ミーシャが小剣で難なく切り払う。すると、大きなゴブリンはこちらを見、そしてその直後に指をこちらに向けるしぐさをしたかと思うと、無数の石礫が高速で飛来してきた。
「危ないっ」
エリサが反射的に【障壁】で結界を張る。石礫はミーシャたちの目前で、結界に弾き落とされた。
「やるな、ニンゲン」
「うわ、ゴブリンがしゃべった?!」
「ふん。俺は普通のゴブリンとは違う。貴様らニンゲンを超える力が、俺にはある」
「……魔導書の力、ですね?」
「ああ、そうだ。俺は、あの本の力で、進化を遂げることができた。あの本は大いなる力を、我らゴブリン族に与えてくれる。本は、我らにとって神そのものだ」
ル・ガルゥは、そういうと、次の【石弾】を地中から浮かび上がらせ、いつでも射出できるように装填した。
「俺はあの本の力を使って、ゴブリン族全体を進化させなければならない。弱く愚かな同胞が、豊かに生きていける世界を作る。それが俺の使命だと考えている。我々は、いつまでもニンゲンに対して怯えて生きていきたくなどない!」
「……何わけわかんないこといってんだよ。悪いけど、あの本、こっちも必要としてんのよ」
ミーシャは、小剣の切っ先をル・ガルゥに向け、じりじりと構えをとった。
「あなたが考えている理想は、なんとなくわかる気がします。でも、ごめんなさい。あの本は、私にとって、無くてはならないものなんです」
エリサも、杖を持ち直し、ル・ガルゥをまっすぐ見つめた。
「ふふ。どうせ元より、ニンゲンと我らは相いれないもの。こうして言葉を交わすよりも、双方、力で己の意思を通し合うしかない関係だったな」
ル・ガルゥはそういうと、掌を下から上にあげる動作をした。
突如、ミーシャとエリサの足元から、太く鋭い土牙がゴボリと何本も隆起する。
「っと!」
ミーシャは得意の軽業で華麗にかわし、エリサは間一髪、ローブをわずかに切り裂かれながら、横に飛びのいた。
「やるな。くらえ!」
ル・ガルゥの【石弾】が、今度はミーシャだけを襲う。
軽業で宙返りをして、土牙をかわした後の着地点を狙っての一撃だ。
「わわっ」
ミーシャは地面をゴロゴロ転がって【石弾】を避けた。そして起き上がりざま、ル・ガルゥに向かって石つぶてを投げる。
「むっ」
ル・ガルゥはミーシャの奇襲を間一髪避けるが、大きく体勢を崩す。そこへ、
「【炸裂球】!」
エリサが光の球を投射した。
「おのれっ」
ル・ガルゥは避けられない。ミーシャもエリサも、一撃を与えたと確信した。
しかし、
突如祠の奥から、ぬぅ、と長い腕が伸び、ル・ガルゥをとっさに抱え上げた。
光球はル・ガルゥがいた空間をむなしく通過し、しばらく空中を飛び、やがて霧散する。
「おう、助かったぞ」
ル・ガルゥは、祠の奥に向かって言った。
「ナニ、長ヲ守ルノガ、オデノ役目」
祠の奥から、耳障りな声が聞こえてきたかと思うと、すぐに声の主が姿を現した。
「な、なんだこいつ……」
「トロル?……いいえ、何か違う!」
祠の奥から出てきたのは、トロルのような異形の存在だ。ベースはトロルである。巨大なゴブリンに、長い腕がついている。しかし、特異なのは、腕が四本あり、そのいずれもに、農作業で使う大鎌ほどの鍵爪が3本ずつついている。
そして、胴体は分厚い毛皮に覆われている。頭部はトロルの無表情さに、耳のあたりまで避けた大きな口と、極めて獰猛な無数の牙が並び、口の端からはよだれを垂らしていた。
「オ前、知ッテルゾ。オデノ腕ヲ切ッタ人間ノメス。オデタチヲ殺ソウトシタ悪者」
異形のトロルは、ミーシャを憎々しげに見てそううめいた。
それを聞いて、ミーシャは数日前にエリサと出会ったきっかけを思い出した。
「オ前ハ、きらきらイッパイ持ッテル奴。オデタチニクレナカッタけちんぼ」
「け、けちんぼって!」
トロルの言葉に、エリサは思わずむくれて抗議した。
「お前、ここのトロルはもしかして……」
エリサのことはさておいて、ミーシャはル・ガルゥに問う。
ル・ガルゥはにやりと笑い、
「そう。お前が傷つけた同胞を治療し、進化させたのだ。腕を斬られたこの同胞は、最も生命力があったから、都合よく落ちていたヨツデグマの肉体と融合させたのよ」
そういって、トロルの腕の中から離れ、再び【石弾】をいつでも撃てるよう、空中に浮かべた。
土日はお休みで次話は月曜日に更新します(月・水・金更新)
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