第44話 遺跡での戦い(下)
(やばい、やられる、かも)
ミーシャは、再び繰り出されるトロルの重撃を避けようとした。だが、足がすくんで動かない。
「ああっ、ああああああっ!」
昏く空虚な光を宿したトロルの小さな目が、ミーシャに狙いをつけていた。
そして、渾身の一撃が振り下ろされる刹那。
「【炸裂球】っ!」
トロルの顔に、高速で飛来した光の弾がぶつかり、激しい音をさせて爆発した。
何が起きたか分からないトロルは、この不意打ちに驚き、バランスを崩し前のめりに倒れる。
ミーシャは我に返り、ぱっと飛びのくと、この戦場に似つかわしくない、いい匂いがして、ふんわり柔らかいものが抱きついてきたことに気が付いた。
「ミーシャさん!」
「エリサ……助かったよ!」
◇
ミーシャがトロルに攻撃される、ほんの少し前。
突入部隊の戦いぶりを見ていたリンドムートは、まずい、と思った。
緒戦こそ圧倒的有利に進めており、このままいけば順当に作戦通りとなるとみていたが、ゴブリン側の投石攻撃が始まり、部隊が分断されたときに、雲行きが怪しくなった。
「伏兵による投石か……こんなこと、あり得るのか?」
「ゴブリンは簡単な道具を使うと言いますが……伏兵など聞いたことがない」
リンドムートと壮年の騎士は、戦況を冷静に観察しようとしていたが、
「ああっ、ミーシャさん! 危ない!」
エリサは、遠目からでもよく目立つミーシャの赤毛を目で追い、ハラハラしていた。
「東側の制圧を行っている部隊は、アンドレが指揮しているのか?丘陵のせいで全く様子がわからないが、同じような状況なのだろうか」
「その可能性もありますが、そうなれば、第1班の後退した部隊と一部が合流するはず……そうなっていない以上、おそらくは、また別の状況なのかと」
すると、エリサが「ああっ」と小さく叫ぶ。
「どうした?!」
「巣の後方から、トロルが……! 後ろに逃げた人たちが、襲われています!」
「何ッ?!」
どこに気配を消していたのか、大柄なトロルが2体、木々の間からぬぅ、と現れ、巣の入り口あたりにいた負傷者を含む部隊を蹂躙し始めた。
「また伏兵かっ」
「きっとあれは、魔法の効果です。そうじゃなければ、あのあたりに隠れるところなんてないはず」
エリサは、そういって祠の方を見た。すると、祠の前にある小高い広場のような空間で、大きなゴブリンが何やら魔法を使っているのが見えた。なお、この光景は祠一帯に施したエリサの【認識阻害】により、リンドムートたちからは気にも留められていない。
「リンドムートさま。おそらくここには、魔法使いがいます。おそらくは、以前お見せした大きなゴブリン。あれがここの長であり、人間並みの知恵があって、魔法を使うように思います。そうでなければ、これほどのことはできません」
エリサは、ただでさえ白い肌をさらに蒼白にして、少し声を震わせながらリンドムートに申し出た。
リンドムートはエリサの様子に少し驚きながら、
「して、そなたはどうすればいいと思う」
「その魔法使いは、わたしが探し出して倒します。それに、何かおかしいと思いませんか。これだけ激しい戦いが起きているのに、ゴブリンたちはみな戦おうとするものばかり。メスや子どもたちが逃げまどう気配すらありません。獣や魔物は、ふつう、襲われれば逃げ出すものです」
エリサの言葉に、リンドムートははっとした。もしや、巣への襲撃が事前に見抜かれ、非戦闘員のゴブリンたちが避難をしていたら。仮に自分がこの巣の長だったら、戦うことが避けられないとわかっていればどうするか。
敵にとって地の利が無い巣の中に引き入れて、何らかの方法で分断し、そこにトロルを集中してぶつけて各個撃破、せん滅する。
「作戦変更ッ。我々は直ちに救援に向かう! 目標はトロルの制圧! あれらさえ駆逐すれば、敵の戦力は大きく削げる!」
リンドムートの号令に、別動隊の者たちが一挙に臨戦態勢になる。
「エリサ、そなたは魔法使いを探し出し、それを討て。必要ならば、あの赤毛の冒険者とともに行動せよ。遊撃を許す!」
「わかりました!」
そのとき、「ああああああっ」というトロルの雄たけびが聞こえ、2体がミーシャに襲い掛かろうとするのが見えた。
「ミーシャさん!」
エリサは茂みから飛び出すと、斜面に向かって勢いよくジャンプする。
「あ、エリサ殿!」
壮年の騎士が慌てて声をかけるが、エリサは空中で【浮揚】の魔法を自らにかけると、ミーシャ目指して素早く滑空していった。
「皆よく見よ。魔法というのは、これまでは弓矢の代わりに過ぎなかった。だが、おそらくこれからの戦の形を大きく変えるに違いない。しかし、我々はまだ地を這って進まねばならないらしい。では、総員、突撃!」
そうしてリンドムート以下15名の精鋭が、斜面を下り救援に向かって行った。
◇
時間は現在に戻る。
ミーシャは、ゴブリンたちが投石に使っていた大きな石を両手で持ち上げると、【炸裂球】でショック状態に陥っているトロルの頭に叩きつけた。トロルは動転したまま、ミーシャを突き飛ばそうと、腕をむやみに振り回す。ただ、腕の可動域にミーシャたちが入らないらしく、逆に近くにいた不用意なコボルトをひっかけると、遠くに放り投げる始末だった。
「この! 死ね!」
ミーシャは2つ、3つと大きな石を執拗に叩きつけると、やがて頭蓋骨が割れたのか、トロルはうつぶせのまま血を流し、腕を急にだらしなくたらして、2,3回大きく痙攣して動かなくなった。
ミーシャは、顔についた返り血を手で拭うと、
「まずは一匹! うらあああああっ!」
大きく叫んだ。周囲の人間たちが、わっと沸いた。
「ミーシャがやったぞ!」
「俺たちも続け!」
「女に負けてたまるか!」
「強い女は、かあちゃんだけで十分だ!」
冒険者たちの戦意が急に上昇し、その熱気に当てられたのか、騎士たちもさらに奮戦し始めた。もう一匹のトロルは、なおもミーシャを狙おうとしていたが、すでに冒険者や騎士に取り囲まれて押され始めている。
「ミーシャさん。ケガはないですか?」
エリサは、少し落ち着いた様子のミーシャに近づくと、彼女の頬に掌で触れた。
「かすり傷、打撲、擦り傷、たぶん、頭にこぶもできてるかも……でも、まだ全然大丈夫。エリサは?」
「わたしは大丈夫です。そして、リンドムートさんたちがこっちの救援に向かっています」
ミーシャは下の階層を見ると、すでに騎士たちの増員が加わり、激しい戦いを繰り広げていた。その中には、自らロングソードをふるい、トロルと打ち合いをするリンドムートの姿もあった。
「うわ、あの姫騎士様。まともにトロルとやり合ってら」
「わたしたちは、あの大きなゴブリンと戦えるよう、許可をもらいました。早くいきましょう。この隙に、祠の中の魔導書を」
「よし、わかった。行こう!」
エリサの言葉を聞いて、ミーシャは即答した。そして2人は戦線を離れ、祠の方に向かって走り出した。
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