第43話 遺跡での戦い(上)
ミーシャが見ると、トロルが2体、巣の外から、のっそりと姿を現した。
動きは鈍重だが、長い腕を縦横にふるって、トロルたちは後退した組を蹂躙し始めた。
「第2班は援護にいけないのか?」
第1班の指揮官を任されていた若い騎士が思わずうめいた。
その頃、第2班も死闘を繰り広げているところだった。
ゴブリンの落石攻撃だけでなく、トロルが1体、それに、
「ヘルハウンドがいるなんて、聞いてないぞ!」
火を吐く灰色狼、ヘルハウンド2体との戦いである。
しかも、前方をトロルに、後方をヘルハウンドに挟まれ、上から石が降り注ぐという状況だった。
第2班の方が、騎士の割合が多い。短弓を使って、上層にいるゴブリンを確実に仕留めつつ、トロルやヘルハウンドの痛撃を、盾やポールアームを使って何とかしのぐ。アンドレも第2班のメンバーとして、騎士の証であるロングソードを抜きはらい、ヘルハウンドと互角の戦いをする。
冒険者たちは、わらわらと邪魔くさいゴブリンやコボルトを駆逐しつつ、上級モンスターであるトロルたちの攻撃が直撃しないように立ち回っていた。
そんな中、一人の魔法使いがひゃあひゃあ言いながら逃げまどっていた。ガマガエルのモリスである。
「おめえ! 何とかしろよ! 魔法使いだろ!」
冒険者の一人が、情けない姿をさらしているモリスに怒鳴った。
「ボ、ボキはこういう乱戦は慣れてないんだ……」
「うるせえ! だったら、ヘルハウンドかトロルの囮にでもなりやがれ!」
こんな非常時でも言い訳を言うモリスの尻を、他の誰かが蹴り上げる。
「モリス殿! 以前伺ったあの魔法を! 早くトロルに!」
アンドレが、一瞬のスキを見つけてモリスに向かって叫んだ。
「は、はい。巻き込まれないように、気を付けて!」
「そこの3人、モリス殿が魔法を詠唱している間、護衛を!」
マーテルが、ヘルハウンドの吐いた炎をロングソードで断ち割りながら(騎士が持つロングソードには、教会で魔法効果の付与がされている)、手近にいた冒険者に命じる。
「えっ。あ、承知!」
モリスの尻を蹴り上げた男たちは、一瞬、何のことかと思ったが、すぐに気を引き締めマーテルの命令に応じた。
モリスはすでに、魔法の詠唱に入っている。額からだらだらと脂汗を流し、顔は引きつり、声も時折裏返りながらぶつぶつと何かをつぶやき、体もガタガタ震えているようだ。
(本当にガマガエルみたいだな)
護衛をしていた中年の剣士が、ちらりとモリスの様子を見て思った。
しかし、次の瞬間。
「……【液状化】ッ……そして、【乾燥】ッ!」
モリスは2つの魔法を時間差で放った。彼の頭上に2つの光の球が生まれ、まず【液状化】の魔法が、トロルの足元に向かって高速で飛ぶ。すると、トロルたちがいる地面が急にぬかるみ柔らかくなる。トロルはその変化に対応できず、ずぶり、と腰のあたりまで土に埋まる。トロルの近くにいたゴブリンは、あえなく地中に没し溺れ始めた。
次に【乾燥】が飛ぶ。するとさきほど液状になった土が一気に乾燥、凝固した。この時点で溺れていたゴブリンは土の凝固により圧がかかって生き埋め、絶息。トロルも下半身が埋められてしまい、腕を振り回すことしかできなくなった。
単純に2つの魔法を連動させただけだが、これだけでも、考え付き、また実際に実行できる魔法使いは、あまりいない。モリスは水と土の属性に長けているから、それが行える数少ない魔法使いだった。
「お見事!」
アンドレがモリスを称賛する。
「すげえ!」
冒険者たちもモリスのこの技に驚嘆した。
「……は、はやく、トロルを仕留めてー!」
モリスは震えて上ずった声で叫んだ。そして次の狙いをヘルハウンドたちに定めると、呪文の詠唱を始めるのだった。
一方、ミーシャたちは、身軽な者が上層エリアにまで飛びあがると、全速力で駆け、投石攻撃を行っていたゴブリンたちを駆逐していた。重い装備を身につけた他の者たちは、投石攻撃の心配がなくなると、急いで入り口にいる組の救出にあたる。
トロル2体が同時にいることで、入り口組の被害は相当なものだった。既に何人かは、トロルの剛腕の餌食になっている。投石で意識を失ったものの方が、むしろ狙われることなく命拾いをしたかもしれない。
「くそっ! よくもおっさんたちを!」
ミーシャが上層階から、眼下の惨状を見て叫ぶ。
するとトロルたちはミーシャの方を、無機質な瞳でじっと見た後、
「「ああああああああああっ!」」
突如、怒り狂ったようにミーシャだけを狙って、長い腕を振り回し始めた。
「うえっ!?」
ミーシャはその様子に驚き、後ろに飛び退る。
(え、なんでアタシが狙われるのさ)
トロルたちからすれば、ミーシャは自分たちの命を奪おうとした仇である。ル・ガルゥの魔法によりゴブリンからトロルに改造されたから生きているものの、昔、殺されそうになったことは忘れることができない。むろん、ミーシャにとっては、そんなことは想像もつかない話だった。
「ああああああっ!」
トロルの一体が、かぎ爪と膂力を使って、上層階に飛び上がった。そしてミーシャの前に立ちはだかる。
何を考えているのか、全く読めない瞳が、じろり、とミーシャに向けられた。
(やばい!)
「ミーシャ!」
冒険者たちの声が聞こえるが、強い恐怖を感じているミーシャにはほとんど聞こえない。
トロルの腕が、ゆっくり振り上げられ、そして高速で振り下ろされた。ミーシャは反射的に一歩下がる。ものすごい風圧がして、どしん、と彼女の目の前にトロルの腕が土にめり込んでいるのが見えた。土埃がもうもうと舞う。その威力は、さっきの金棒の比ではない。
「ああああああ!」
トロルは、恐怖で凍り付いたミーシャの方を見て、もう片方の腕をゆっくりと振り上げた。
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