第40話 森へ突入!(中)
「こ、これは……」
観測点……先日、ミーシャたち2人がゴブリンの巣を見つけた地点にたどりついた。そこで茂みの中から巣の全貌を見た壮年の騎士は、思わずうめいた。
「南北はおよそ5町(約250メートル)、東西は3町といったところか。丘陵にしてはいくぶんか不自然なところが多い。古の遺跡か……砦といったところだろうか?」
リンドムートの瞳にも、この巣の異様さは見て取れた。段々とした丘陵には木々が生えているものの、ところどころに巣穴や、石を積み重ねた小屋のようなものがある。通路めいたものもあり、これが自然にできたものとは到底考えることができない。
「羊がいますね。あ、ゴブリンが世話をしてる」
エリサが指差した先には、刈り取ってきた草を羊に与えるゴブリンの姿があった。
巣の中には、十数匹のゴブリンが動き回っていた。それぞれが、何らかの仕事をしているようだ。
(エリサ、こっちこっち)
騎士たちが巣の様子に呆然としているさなか、ミーシャはエリサの袖を引っ張って合図した。
(アタシたちの目的、忘れちゃダメだよ)
エリサは目だけでミーシャに合図をすると、そっと一団から抜け出す。
リンドムートたちは、巣の地形やゴブリンの数を追うのに真剣で、気づく様子はない。
「あそこ、巣の南側に入り口のようなものがあります」
ミーシャはエリサと立ち位置を変え、騎士たちの気をそらすように巣の一角を指さした。
それはちょうど、北辺にある祠の反対側である。
「あの広さなら、2,30人が一斉に突入することができるな。2部隊に分かれて、中央と東部の主要通路をふさぐ。トロルとの遭遇にのみ留意して、巣穴には燻り出しのために火を投げ入れるか?」
リンドムートがそうつぶやくと、壮年の騎士が意見具申する。
「巣穴に火種を入れるのは、準備の時点で煙が出るので奴らに気づかれます。それに火を使うと、これまで奴らが奪った財貨や家畜を傷つけかねません。ゴブリンの殲滅作業自体は冒険者に任せて、我々はトロル討伐に専念するのがよいかと」
「なるほど。そなたの言葉にも一理ある」
「ここには、ゴブリンのほかに、コボルトがいます。どちらも、夕方から夜にかけて行動しますから、今は眠っている個体が多いでしょう。むしろ、今この時にこれだけ活動しているが個体がいるのは、珍しいことです」
ミーシャは、意識をエリサに向けさせまいと、言葉を紡ぐ。
「おそらくですが、ここには100匹以上の個体がいるように思います。一つの巣穴に8~10匹程度が住んでいることが多いので。巣穴は見たところ10以上はあります」
「討ち漏らしがあったら厄介か?」
「オスの成人個体でも、そう強くはないので、そこまで厄介というわけではないかもしれません。弱い個体だと熊や狼などの餌になることもありますから。ただ、やっぱり、まとまった数を逃がしてしまうと、またどこかで繁殖するかもしれません。この森のどこかに、ここ以上に居心地の良い場があれば別でしょうが」
「ゆえに、今回の討伐で、できるだけ数を減らしたいものだな」
「突入のために、南側の進入路を確保したほうがよいでしょうか? まだ未踏破なので、少しでも安全を確保したほうがよいと思われますが」
ミーシャは、そういいながらも、ちらりとエリサの様子を横目で見た。エリサはすでに呪文の詠唱を終え、わずかに杖を振るうと、【認識阻害】の魔法を祠に向かって発動していた。かすかな光が放射線状に飛び、祠の上で花火のように飛び散る。それを見たエリサは無言でミーシャに向かって、自信ありげな笑みを浮かべた。
「そうだな。2名つける。ここから南側への進入路を確保してくれ」
エリサが笑顔を見せたのを確認したミーシャは、リンドムートの指示を受け、進入路の確保に向かった。
ミーシャが2人の騎士を連れて戻ってきたのは、それからそこまで時間がかからなかった。往復、半刻(30分)といったところだろうか。観測点から南側の入り口までは、なだらかな下り道だった。罠は多く仕掛けられているものの、熟練のスカウトであるミーシャからすれば、その解除は造作もない。
道々、木や岩などにチョークで印をつけ、道筋の目印とする。この後、1刻もしないうちに巣の討伐が始まる。今更、ゴブリンに気づかれたところで、相手はどうすることもできないだろう。
戻ってきたミーシャたちは、リンドムートにしかるべき報告を行う。リンドムートはそれを聞き、後続の部隊に作戦の説明を行うため、観測点から引き返していった。すでに観測点までのルートは明確になっているので、ミーシャたちはその場に残り、巣の様子を偵察し続けることを申し出た。
なお、護衛として騎士を残すか、とリンドムートに問われたが、ミーシャはそれを丁重に断った。
「祠にかけた魔法は、まだ大丈夫?」騎士たちがいなくなった後、ミーシャはエリサに問いかけた。
「今日の夜ぐらいまでは持ちそうです」
「じゃあ、騎士連中が戻ってくるまで、しばらく待ちだね」
ミーシャはそういうと、巣の様子を改めて眺めた。
巣の北端にある祠。あそこが自分たちの目標だ。作戦が始まったら、なんとかうまく抜け出して、あっちの方へ行かなければならない。
「あ、この前の大きなゴブリンがいました」
一緒に巣の様子を見ていたエリサは、祠の中から大きなゴブリン、ル・ガルゥが出てくるのを見つけた。彼はあそこに住んでいるのだろうか。近くにいたゴブリン2,3匹に何かを伝えると、ゴブリンたちはそれぞれに動き始める。
「あれが、ここのボスなんだろうね」
「かもしれませんね。普通のゴブリンよりも、知能が髙そう。でも、どうしてあんな個体が……」
エリサはそういいさして、ふと、あの祠の奥にクロウテルの魔導書があると頭に浮かぶ。
「もしかしたら、あのゴブリン、すごく危険な存在かもしれません」
「どうしたのさ、急に」
「魔導書……魔導書には限りませんけど、魔法の品の中には、それを手にするだけで、持ち主に力を与えるものがあるといわれています」
「聞いたことある。でも、それは武器に火属性みたいな魔法の力が付与されたり、ちょっと能力が上がったりするぐらいだって」
「でももし、それが、普通のゴブリンをあんなに大きくするような力があるんだったら?」
「え、じゃあエリサがそれを手に入れると、ベルンハルトの奴みたいにごつくなるの? やだよ、そんなの。アタシは今のままのエリサがいいな」
「わたしだっていやですよ!」
そういって、エリサがむくれた顔になる。
「でも、ミーシャさんがもっと背が高くなって、たくましくなって、今よりも格好良くなるんだとしたら、ちょっと見てみたいかもしれないです」
エリサにそういわれて、ミーシャは自分の身長が6尺を超えた姿を想像した。小柄なエリサをお姫様抱っこして、さっそうとした姿の自分。
(うん、完全に王子さまだわ)
自分があたかも絵物語の王子様みたいな姿になっていると想像し、ミーシャは苦笑するのだった。
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