第38話 姫騎士様の甘いささやき
翌朝。まだ太陽が地平よりも出るかなり前。支給された野営用のテントから、もぞもぞとミーシャとエリサがはい出してきた。
「テントがあってよかったですね」
「夜露にも濡れないし、地べたで寝るよりはだいぶ楽だったね」
2人はすでに身支度を終え、ヨーゼフの家に向かう。
先遣隊は、本隊よりも1刻(1時間)以上早く現地近くに行き、最終的な突入計画をたてることになっている。
ここからは、先遣隊の隊長はリンドムートに変わる。アンドレが本隊を後から率いてくるそうだ。
2人が知らされている基本的な作戦は、部隊を2つに分けての奇襲である。巣の南側にある入り口から本隊が突入し、ゴブリンを駆除、制圧しつつ相手を巣の北東方面に追い込む。この北東方面は、2人が最初に巣を見つけたときの観測ポイントで、木々の間を駆け降りることができる斜面になっていた。そして、追い込んだところで、残りが奇襲をかけ、一網打尽にするというものである。
2人はヨーゼフの家に着くと、まずは昨日の豆のスープの残りに、砕いたクラッカーと少量の刻んだベーコン、それに香草を入れた豆がゆを朝食として供され、さっと平らげる。
そうこうしているうちに他の先遣隊メンバーも三々五々に集まり、やがて軍装に身を包んだリンドムートが現れた。
「よし、全員いるな。では、先遣隊は日の出までに森の入り口に到達。その後、明るくなってから森に入り、敵陣を視察。作戦の最終的な判断を行う。移動には馬を使う」
彼女は必要な命令を明確かつ手短に伝えると、さっと外に出て、厩へ向かう。
こうしてみていると、やはり威厳がある。ヨツデグマのアレを手にして取り乱していたとは、とうてい思えない。
「馬だって。エリサ、自分一人で乗れる?」
ミーシャがエリサにそう問いかけると、エリサはふるふると首を横に振る。
ミーシャも、馬は一応乗れないこともないが、乗る機会がそうそうない。
「というか、アタシたち、馬持ってないんだけど。どうなるの?」
すると、どこかの騎士の従者が、馬を一頭、連れてきた。
「リンドムート様から話を聞いています。この馬を使ってください」
「おっ。助かる。まさかアタシたちだけ徒歩で走っていけってことじゃないのね」
ミーシャは従者から馬の手綱を預かると、じっと馬の顔を見た。
栗毛のしっかりした体つきだが、目はおとなしげである。牝馬だった。
「今日はよろしくな」
ミーシャが馬に声をかける。馬の方も、長いまつげを震わせると、口をもぐもぐしてミーシャの方をじいっと見つめた。
ミーシャもそのつぶらな瞳を優しく見つめる。
「……ミーシャさん! 早くいきましょう!」
その様子を見ていたエリサは、なぜかむすっとした表情で、ミーシャの袖を引っ張った。
「あ、うん。わかった。じゃあエリサは前に……」
「エリサは、私とともに騎乗するように。少し、話がある」
ミーシャがエリサを馬に乗せようとすると、先に騎乗していたリンドムートがやってきた。
ミーシャとしてはエリサと2人乗りする気だったのに、思わぬ横やりが入るが、相手が相手だけに断るわけにはいかない。
今度はミーシャが、むすっとした表情を浮かべる番だった。
◇
まだ星明りがまたたく草原を、一群の馬が進んでいる。
馬たちにとっては早歩き程度で、決して走っているわけではないが、それでも人間が歩くよりは随分と速い。
馬たちは白いと息を吐きながら、静かに森へと向かっていた。
「あの」
無言のまましばらく馬を進めていたリンドムートに、エリサは思い切って自分から声をかけた。
「お話って、何でしょう」
するとリンドムートは、ちらりとエリサの方にまなざしを向け、
「ああ、そうだった。待たせてすまぬな」
といい、
「あれ以来、やはり何度も考えたが、私はそなたが欲しい」
エリサの背後から耳元に、ぼそりとつぶやいた。
エリサは、リンドムートの官能的なアルトの美声に、一瞬、背筋を撫でられたような感触を受けたが、
「女性同士の恋愛は、教会は否定していたように聞いたことがあるのですが……庶民ならともかく、お立場のある方がそんなことをしてもいいでのしょうか?」
エリサなりに最大限、言葉を選んで返す。
するとリンドムートは、ふ、と笑って、「そなたは、嫌だとは言っていないな」
馬の手綱を握る両腕を、わずかに締めてエリサを抱きすくめるようにした。
「い、いや。あの、それは、違います」
慌ててエリサは否定するが、
「ふふ。まあよい。違うということにしておいてやろう」
リンドムートはそういうと、ちらりと騎馬隊の中に混じるミーシャの方を見、
「しかし、さっきからそなたの仲間が、私をにらんで、ものすごい殺気を放っておるぞ。怖い怖い」
吐息を感じるほど、エリサの耳元でそうささやく。
エリサは急にミーシャのことを言われて、思わず視線が泳ぐ。
エリサの視界の端に、ちらりとミーシャの姿が映る。
(ああ、ミーシャさん、すっごく機嫌が悪そう……)
ハラハラと気持ちがざわついたエリサをよそに、リンドムートはすっと顔を上げ、エリサの耳元から離れる。ただし、エリサの聞こえるようにだけ言葉をつづける。
「そなたのような優秀な魔法使いが、当家には必要なのだ。必要ならば、あの赤毛の斥候も召し抱えたい。2人でヨツデグマを倒したのだろう。あの者も、おそらくは他の冒険者より抜きんでて優秀だ。私は、女であっても、優秀な者に力を貸してほしいと思っているのだ」
「え? あ、ほしいって、そういう」
「ふふ。勘違いしてもらっては困る。まぁ、そなたのような美しい乙女ならば、たとえ伯爵令嬢の地位を失ったとしても、一夜の過ちを犯してみたいものだがな」
本気とも冗談ともつかないリンドムートの言葉に、エリサは思わずドキリとした。
「エリサ。今は、女は家にいて外に出ぬのが世の習いだ。外に出るのは女として浅ましい、粗野な振舞だと考えられているが、もともとは違う。力のある者、才のある者は性別など関係ない。それを証するのはそなたや、あの赤毛の斥候だ。とはいえ、当家は田舎の伯爵、まして私は騎士団を率いるとはいえ、家督を継げぬ娘に過ぎぬ。よい待遇を用意してやることはできぬが、できる限りのことはしてやりたい」
淡々と、だが力強く語られた言葉に、エリサは直感で真実だと感じた。
(この人は、本気でそう思っている。耳障りの言い甘い言葉じゃない)
だが、エリサにはなすべきことがあるし、ミーシャだってどこかに縛られることは好まないだろう。
「あの。お気持ちはわかりました。ただ、私たちにも、しなければならないことがあります。それが果たされるまでは、お返事することができません」
エリサは、一言一言、かみしめるようにしてリンドムートに言った。
リンドムートは、それを聞いて、
「わかった。まあ大事なことだから、すぐに返事は難しかろう。私が生きている限りは、いつでもいい。当家に仕えたいと思ったら、訪ねてきてくれ」
余地を残しつつ、あっさりと引き下がった。
リンドムートの言葉を聞きつつ、エリサはちらりともう一度、ミーシャの方を見た。
ミーシャは、気を取り直したのか、ほかの騎士たちに交じって周囲を警戒していた。
さわやかな顔立ち、精悍な目つき。真剣に仕事に打ち込む姿を見て、思わず胸がきゅんとする。
(……わたし、ミーシャさんと、ずっと一緒にいたい)
そんなことを考えていると、
背後で、リンドムートがふふ、と小さく笑ったような気がした。
平日月・水・金の21時半更新です!
もしよろしければ、評価、ブックマーク、感想などお寄せいただけるとありがたいです!
レビューやSNSでシェアしていただけると、とてもうれしいです。
では、また次回もよろしくお願いします!




