第37話 戦闘前夜
出発予定時刻の1刻前。ミーシャとエリサを呼び出しに、リンドムートの従騎士がギルドに来た。
従騎士はリリーに呼び出しのメッセージを伝え、それを受けたリリーが2人のいる部屋にやってきた。
手順としては面倒だが、これがひとつの儀礼なのだから仕方がない。
リリーはドアをノックして素早く開け、不機嫌そうな顔で「呼び出しよ。討伐隊が迎えに来たわ」といった。
2人はなぜリリーがそんなに不機嫌なのかわからないまま、従騎士に従って、村の公会堂までついて行く。
蛇足だが、従騎士は2人よりも年下の男の子だ。おかっぱ頭で、うっかりすると女の子に見える顔立ちである。
途中、ミーシャにとっては顔なじみのおっさんたちが、公会堂の外でたむろしていた。
「おう、ミーシャに、エリサちゃんじゃねーか。生きて戻ったのか、よかったよかった」
「おや、おっさん。今日はシラフだな。おっさんたちも、討伐隊なのか?」
「おうよ、討伐隊さ。しかしよ、今回はやべえな。トロルがいるんだろ?」
「3体いた。アタシとエリサで、この目で見てきた」
「そうか。まあ騎士団の連中もいるし、俺たちだって、トロル1体ぐらいならチームで行けば何とかならあな」
「うわ、頼もし。せいぜい死なないようにしてくれよな。おっさんたちでも、さすがに死なれちゃ、後味悪いし」
「うれしいこと言ってくれるじゃねえの。故郷も家族も無い俺らだ。死んだら花の一輪でも供えてくれや」
「ばーか。柄にもないこと言うな」といって、ミーシャは一団と別れる。
公会堂に着くと、何名もの騎士に囲まれた板金鎧姿の女性がいた。姫騎士リンドムートである。
今日も黒髪をポニーテールに結っている。凛として威厳があり、それでいて気品を感じさせる年上美人だ。
「ここでちょっとお待ちください」と引率の従騎士が2人に伝える。
彼はリンドムートの元へ行くと、何やら報告を行っている。リンドムートはそれを聞くと、鎖帷子を着た青年に何やら指示する。
昨日、ギルド長の部屋に一緒にいた青年だ。一見したところ、まじめそうな好青年である。
青年は指示を受けた後、2人の元へやってきて告げた。
「ミーシャにエリサ。私は副官のアンドレだ。君たちは、私と一緒に先遣隊として先に出発する。道案内、よろしく頼む」
彼の言葉と同時に、先遣隊のメンバーが参集した。
◇
移動自体は、特に変わったことはない。先遣隊はアンドレを隊長として騎士と従者が8名、冒険者はミーシャとエリサだけだった。
騎士も従者も男性しかなれないため、結果、女性も2人だけとなる。その結果、
「ミーシャさん。荷物、持ちましょうか?」
「エリサ殿。疲れたらわが愛馬に乗りなさい。いつでもよいですぞ」
と、やけに男たちからちやほやされる結果となった。
100年ほど前までは、騎士は蛮族や山賊とそう変わらない存在だったが、近頃は、騎士道物語などが流行し、女性に対して丁寧に接することを美徳とする風潮がもてはやされている。強さだけが価値の時代から、道徳や礼儀作法が騎士階級にも求められるようになってきたのだ。その一方、『女性は男性が守らなければならない存在だ』という考え方も徐々に広まってきていた。
「男に優しくされるなんて、なんか居心地悪い……」
「そうですか?」
そういって、ちゃっかり馬に乗せてもらっているエリサである。
さて、移動はしばしば、後続部隊との連絡調整をしながら進んでいく。
2人で行けば、4刻程度でヨーゼフたちの集落に到着するはずなのに、大人数となると歩みは遅くなる。
6刻ほどかけて、集落にたどり着いた。すでに日は西に傾き、夕暮れ時となっている。
ミーシャたち先遣隊は、集落に本隊より先にたどり着き、ヨーゼフや近隣の農家らに事情を説明し、彼らの生活を邪魔しない場所を借りて陣を張ることにした。前もって、ミーシャが下交渉をしていたおかげで、話はスムーズに進む。
「領主様のご令嬢、リンドムート様にお目通しいただき光栄です。このようなむさくるしいところですが、どうぞお使いください」
ヨハンは、親切だが方言が強すぎる家長のヨーゼフに替わり、討伐隊隊長のリンドムートに挨拶をした。
「家長殿、お気遣い痛み入る。明日にはゴブリンどもを退治するが、しばし迷惑をかけるぞ」
リンドムートは、貴族としての威厳を保ちつつも、丁寧にヨーゼフたちに頭を下げた。
物陰からその様子を見ていたハンナは、隣にいたミーシャたちに向かって、
「あの別嬪さんが隊長なのかい? 強そうだね。羊なら、片手に1頭ずつ持てそうだわ。あらまあ、伯爵さまのお姫様なのかい? すてきだねえ」
とのんびりしたことを言っている。
牧羊犬のアベルは、今日もふんふんと鼻を鳴らし、ミーシャにべったりひっついていた。
その日の夕食は、野営する部隊に混じって一緒に取る。
腹持ちがよく保存が利くものの、もさもさする塩味の大判クラッカーが3枚。豆のスープ、チーズ、ピクルス、干しブドウ。そして、
「ソーセージですね!」
エリサがよだれを流しつつ目を輝かせたのは、焚火を使って香ばしく焼かれ、じゅうじゅうと脂がしたたる豚のソーセージだった。
エリサの手の長さほどもあるソーセージが1人2本充てで配給される。
「討伐の仕事は、ちょっといいメシが依頼人の金で食えるのがいいんだ」
「そうそう。普通の依頼なら、メシ代だって自分持ちだからな」
パチパチと火の粉がはぜる焚火を囲んで、ベテラン冒険者たちはそう言って笑う。
「たまによ、アナウサギかなんかを捕まえて焼いて食うけどな」
「ヤマバトなんかもうまいよなあ」
野営時の話題など、食べ物か女の話と相場は決まっている。おっさん冒険者たちは、ミーシャはさておき、エリサがいるので後者の話は慎んだ。
いかに歴戦のつわものたちでも、年頃のかわいらしい娘から、汚らわしいゴブリンをみるような目を向けられるのは、心がえぐられるのだ。
「しっかし、もう秋が近いからか、夜は冷えるなあ」
ひげ面の剣士が、焚火のそばに半ば埋めていた素焼きの長い壺を掘り出すと、壺の口を開け、何やらスパイスのようなものを中に入れる。
「嬢ちゃんも飲むかい?」
剣士は、「あちち」といいながら、他の冒険者たちがめいめいに差し出したコップに中の液体を注ぐ。やがて、エリサとミーシャの方にも口を向けた。
「ホットワインさ。ちょいと砂糖とスパイスが入っているから、あったまるぜ」
「騎士連中は、ワインの美味い飲み方なんか知らないからな。野営の時でも、冷やのまま飲んでやがる。冷える夜はこんな美味いもんがあるってのによ」
「いただきます!」
エリサはためらいもなくコップを差し出す。ちょろり、とコップの半分ほどに注がれた赤い液体からは、ふんわりとした湯気とワインの香り、それにシナモンの独特の香りが立ち上る。
「熱いから、ふぅふうして飲むんだよ」
同じようにコップを持つミーシャは、エリサの方を見てそう言った。
「なんだい、ミーシャ。『ふぅふぅして』だなんて、まるでかあちゃんみたいじゃないか」
ひょろりとしたスカウトの冒険者が、そういってミーシャをからかった。
「えっ。そうかなぁ」
ミーシャはからかわれたことがわかりつつも、なぜか特段怒りは覚えなかった。
「おいおい。ミーシャ。そこは『だれがかあちゃんだ!』って怒るところだろう」
ひげ面の剣士がそう突っ込むと、周囲の男たちがどっと笑う。
そしてややあって、
「……母ちゃん、元気かなぁ」
だれかがぽつりと一言漏らした。
それからは、男たちはみんなぐっと押し黙り、焚火のはぜる音だけが聞こえるのだった。
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