第34話 エリサの告白
「……いってぇーっ」
ミーシャは、エリサに不意の頭突きを食らい、痛みで完全に目が覚めた。
想像もつかなかったが、エリサは石頭だった。めっちゃ痛い。
「ミーシャさん。どうしたんですか?」
「ううん。何でもない」
ミーシャはまだ目がチカチカするのを振り払い、平静を装って言った。
「ふうん」
エリサはどこかイタズラっぽく、鼻を鳴らしてミーシャの目をじっと見つめる。
エリサに至近距離で見つめられて、ミーシャはドキドキしながらも、じっと見つめ返してしまった。
「ミーシャさん。わたしのこと、抱っこして寝てたんですか?」
そこでミーシャは、我に返って、まだ自分がエリサを抱きしめたままであることを思い出した。
慌てて離れようとするが、エリサの方からするりと手を伸ばしてきて、ミーシャの腰のあたりに手を回し、ぎゅっとホールドする。
ミーシャは、エリサの肌の柔らかさと体温を、より濃厚に感じ取った。
「……」
エリサの大胆な行動に、ミーシャは頭が真っ白になる。自分の体温が、胸の奥から急上昇するのをはっきりと感じる。
「毎日抱っこして寝てもいいんですよ?」
エリサは、少しかすれるような声で、甘い吐息交じりにミーシャにささやく。
そして、
かぷ!
エリサは、ミーシャの首筋に甘噛みした。
「ひゃん!」
突然の出来事に、ミーシャは声を上げる。
エリサはそんなミーシャを見て面白がり、さらに、かぷかぷと首筋をかむ。
「ちょ、エリサ……だ、だめだって」
「ふぁにふぁふぁめらんれすふぁ?(何がダメなんですか?)」
エリサは反対側の首に噛みついたままで、もごもご口を動かす。
ぞくぞくっとした快感が、ミーシャの背筋を貫いた。
ミーシャは身をよじって、エリサから逃れようとする。すると、首筋は難を逃れたものの、次は鎖骨のあたりに、エリサの唇が触れる。
「んっ!」
ミーシャは突然の刺激に、目をぎゅっとつぶって、体を震わせた。
エリサはきょとんとした表情になり、やがて意地悪な笑みを浮かべる。
「ミーシャさん、ここ、くすぐったいんですねぇ」
そういうと、エリサはミーシャの鎖骨に頬ずりをし、軽く唇を触れさせる。
「あ……エリ……ダメ……」
(エリサは単にじゃれているだけだろう)そう思っていても、ミーシャの感覚が、エリサに触れられるたび、鋭敏になる。
ミーシャの肌が上気して、うっすらと汗が浮かぶ。すると、すんすん、とエリサが鼻を鳴らすので、ミーシャは恥じらいを感じながらも、どこか一方では恍惚とする。
これ以上エリサに何かされると、どうにかなってしまいそうなミーシャは、やがて意を決し、
「もう! おしまいっ!」
くるりと体勢を入れ替えて、エリサに馬乗りになった。
「はわっ」
両手を掴まれて、ベッドに抑え込まれたエリサは、「うぐぐ……」と悔しそうな顔をする。
「もう。イタズラが過ぎるよ!……悪い子にはオシオキしないとねぇ」
そして、怖そうな声色を出して、エリサを脅かす。だが、ミーシャはオシオキなんて本心ではするつもりはない。
だって、そんなことをしてしまうと、何かタガがはずれてしまいそうなことを、ミーシャは自分でよく知っていた。
だから、
ぺしっ!
エリサのおでこに、デコピンを一発決める。
「いたっ!」
ちょっと涙目になったエリサを見て、(今はまだ、これでいい)とミーシャは思う。
だが、そこに油断があった。
エリサのどこにそんな力があるのか、ミーシャは何かの弾みでひっくり返されて、逆にエリサの体が上になる。
「えっ?!」ミーシャはまさか体術でエリサに負けるなんて、と驚いた。
エリサは、そのまま上体を前に倒し、両腕で挟み込むようにしてミーシャの顔を覗き込む。さらりとしたエリサの髪が垂れ、ミーシャの頬を撫でる。
「……大事なお話、してもいいですか?」
そして、さっきとは打って変わった真剣な様子で、ミーシャに言った。
ミーシャも「うん」と真剣なまなざしで応じる。
「なんで魔導書を探しているか、お話ししてなかったですよね」
「ギルドに登録するときは、白魔女の系譜を継ぐ者の役目って言ってたけど」
「はい。わたしは、世界でたった一人の、白魔女アルボフレディスの弟子ですから」
そうなんだ、とミーシャがあいづちをうつ。
「そして、わたしの中に、《世界》が入っています」
エリサの言っていることの意味を、ミーシャは一瞬、理解できなかった。
「わかりにくいですよね。すごくざっくりいうと、白魔女が生み出した古今のすべての魔法が、わたしの中に埋め込まれています」
え……。とだけ言って、ミーシャは固まった。それって、どういうこと?
「これは信じてもらえないですよね。でも、そうとしかお伝えできないんです」
「えーっと。じゃあ、エリサは、全部の魔法が使えるってコト?」
「そうです」
エリサは、いつものふわふわした雰囲気とは打って変わり、冒しがたい雰囲気で言った。
「でも、今はまだ、使えません。封印されている、といった方がいいでしょう。そして――」
「まさか。その封印を解くカギが、『クロウテルの魔導書』?!」
ミーシャが先走って言うと、エリサは無言でうなずき、ややあって静かに口を開く。
「……わたしの記憶も、全部、魔法と一緒に封印されてるんです」
「どうして?」とうめくようにミーシャは言う。
「わからない。でも、こんなことができるのは、きっと師匠しかいません」
ミーシャは息をのんだ。あの夢を見ていなければ、エリサの言葉は、心を病んだ者のうわごとにしか思えない。
「どうして師匠は、わたしの記憶を封印したんでしょう。わからない。でも、思い出したい――」
やがて、ミーシャの頬に、ぽたりと一粒の涙がこぼれた。エリサの大きな瞳から、涙があふれだしている。
「――お願いです、ミーシャさん。わたしと一緒に、《魔導書》を探してください――!」
――本当は、とりあえず今回の1冊だけ探せばいいやって思っていた。それから先のことは、その時でいいって。
まだ出会ってから、数日も経っていない正体不明の女の子。そんな子のいうことを真に受けていいのか。
冒険者なんて生き方、そう長く続けられるもんじゃない。やがて年だって取る。いつ働けなくなるかわからない。
さっさと金を稼げるだけ稼いで、いずれどこかの小さな村で、のんびり生きていくのがアタシのささやかな夢だった。
だけど、この子と一緒にいれば、そんな夢は遠くなるけど、楽しくやっていけそうかも。
アタシはこの数日、ずっとそんなことばかり考えていた。
――でも、こんな顔見せられちゃ、もう絶対ほっとけないじゃん!
ミーシャは、何も言わず、エリサを力強くぎゅっと抱きしめた。
ミーシャの腕の中で、小さくなってすすり泣くエリサ。そんなエリサの背中を優しくなでながら、
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。全部見つけるまで、一緒にいたげるから」
自分でもびっくりするぐらい穏やかな声で、ミーシャはエリサに声をかけ続けた。
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