第31話 姫騎士様再登場!
「爺さん、入るぜ」
ミーシャはそういうと同時に、部屋のドアを開けた。
すると老人――ゲイルは、椅子に座ったままじっとしていたが、ミーシャたちの姿を見て、驚いて腰を上げる。
「ミーシャじゃないか! お前さんら、無事じゃったか!」
「ああ。おかげさまで、ぴんぴんしてるよ。財布の中は風邪ひいてるけどね」
ミーシャの皮肉を、老人は無視した。
「大変なことになったぞ。下の様子はみたじゃろ?」
「リリーから少しは聞いたよ。トロルが出たんだって?」
「ああ、そうじゃ。駆け出しの奴らが大勢やられた。大惨事じゃ!」
「爺さん。アタシたち、ゴブリンの巣を見つけた」
「ゴブリンだけじゃないんです。そこに、トロルがいて」
「何? あんた、今、トロルといったな?」
エリサの言葉に、ゲイルは唖然とした。
「はい。なぜか腰から下が泥まみれのトロルが3匹」
老人は、それを聞いて「うーん」と唸り、
「わかった。報酬は後できちんと払うが、まずはちょっとこっちに来てくれ」
2人はそのまま、2階にある応接間へ連れていかれた。
「ゲイルでございます。失礼しますぞ」
老人は応接間の前に立つ騎士へ何事か言うと、彼が扉を開けて訪問者を告げる前に割り込んでいった。
騎士は老人に押しのけられて、思わずたたらを踏む。ミーシャとエリサは、その後について入っていった。
応接間は、ギルド長の部屋の隣にあり、様々な来客をもてなす場だ。とはいえ、田舎のことゆえ、彫刻が施された長テーブルに革張りの椅子がある程度に過ぎない。しかし、天井近くに換気用の窓しかない半密室のため、夜光石の照明がふんだんに使われており、壁にはとても大きな、壮麗な絵が描かれている。
英雄レオンハルトと白魔女アルボフレディスが、東方より来た魔王エツェルを打ち倒すシーンだ。英雄レオンハルトは、不死の軍団を率いて東方より来たりし魔王エツェルを、自らの身を犠牲にしてこの世とあの世の狭間に封じ込めた。今から1000年前にあった、英雄戦争の一幕を描いたものである。燃えるような赤髪を持つ勇壮な男性の英雄、白銀の髪に白いローブをまとう白魔女、そして青黒く不気味な魔王の色彩が鮮やかだった。
2人はその壮大な絵に圧倒されながらも、すぐに部屋の中にいた者たちへ目を向けた。
テーブルには大きな地図が広げられ、それを囲むように、板金鎧姿で長い黒髪が艶やかな姫騎士リンドムート、その部下と思しき鎖帷子を着込んだ細身の若者、ひょろりとしたあごひげを生やした貴族風の中年男性、一見、山賊の親玉かと思うような豊かなひげをたくわえたギルド長の4名に、なぜか長髪の魔法使い――ガマガエルのモリスもいた。
老人は恭しく一礼すると、口を開く。
「ギルド長。ミーシャとエ…エ…エリ」
「エリサです」とエリサが言う。
「そう、そのエリサとミーシャが、ゴブリンの巣を見つけた。しかも、トロルどももそこにいるらしい」
老人の言葉に、「なんだと?」とモリスを除く4名が色を失った。
「どういうことだ。状況を報告せよ」
リンドムートが、威厳ある態度で2人に尋ねた。
「どうした。遠慮はいらぬぞ。直答を許す」
リンドムートは、貴人らしい凛とした声色で、ミーシャの方をまっすぐに見た。
ミーシャと目が合うと、ちょっとだけ視線が泳いだが、すぐにクールな姫騎士の仮面を被る。
「ここより北北東に5里(約15キロ)、街道からガルガンチュアへの支道を進んだところに、羊飼いの集落があります。それから西に1里でラブレーの森に入りますが、その奥10町(約1000メートル)奥にゴブリンの巣があります」
「ふむ」とあごひげを撫でながら、貴族風の男が唸る。
「トロルがそこにいたとか」
ついで、青年がミーシャに問う。リンドムートは無言のまま、ミーシャを見つめている。
「はい。私たちは、そこで3体のトロルがゴブリンたちと巣に戻ってくるところを見ました。いずれも、腰から下が泥にまみれていました」
「ボ、ボキの魔法だ」
ガマガエルのモリスが思わず声を上げる。しかし、ギルド長に一瞥を向けられ、慌てて口をつぐんだ。
「ゴブリンたちはかなりの量の戦利品を運んできていました。トロルたちは、ゴブリンの指示に従っているように見えました」
「まさか。どうみても力はトロルの方が上なのに、そんなことが」
青年が驚きの声を上げる。しかし、その後にエリサがつぶやいた一言に、一同はさらに驚愕する。
「あそこは……巣というより、村でしたよ。家があって、羊の囲いがあって、貯蔵庫みたいなのもあって……あ、子育てをしていたり、水汲みみたいなこともしたりする個体もいましたね。それから、コボルトたちもかなりいました」
「なんと!」貴族風の男が、芝居がかった様子で、額に手を当てた。そして、エリサを指さすと、ヒステリックな声を上げる。
「貴様、嘘偽りを申すな! そのような話、聞いたことないわ!」
エリサのことを嘘つき呼ばわりされたことは、ミーシャの癇に障った。
「アンタ、この村の代官だろ? 羊飼いの集落からさ、何度も魔物の討伐要請が出ていたはずなンだけどなぁ。何度言っても取り合ってもらえなかったってたよ?」
ミーシャはやぶにらみのまなざしを中年男に向ける。一同の視線が、男に集まる。
「な、なにをいいかがりを! わたしは! 領内の治安を正しく守るよう誠心誠意務め、代官の任を果たしてきた! 貴様のような一介の冒険者風情に、何がわかる!」
「あ、そ。なら、アタシたちはお暇するよ。爺さん、報酬の金貨5枚ちょうだい。すぐにこの村から出ていくから。行こう、エリサ」
そういって、ミーシャはエリサの手を取り、部屋から出ていこうとする。
「待て」
呼び止めたのはリンドムートだった。
「この者の非礼は私が詫びる。どうか、そなたたちが見聞きしたことを教えてほしい」
そういって、彼女は軽く頭を下げた。
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