第29話 限界突破エリサちゃん(お察しください)
ケルベロスは、よだれを垂らしながら、エリサを威嚇している。
エリサは杖をくるりと回し、石突でケルベロスを突いた。ケルベロスはわずかに身をよじって難なくかわす。その隙に、魔力を使って、ふわり、とエリサは身を起こす。
「ぐるうわふぅ!」
ケルベロスは、鉤爪と牙を使って、ガンガンとエリサの【障壁】を叩く。この魔法が続いている間は、相手はエリサを傷つけることはできないだろう。しかし、そのままじっとしていてもらちが明かない。
それは相手も同じことを考えていたのだろう、ケルベロスはバックステップを踏み、遠吠えをする。
「あう、わうううぅぅぅ―ん!」
「仲間を呼んだの?」
これはエリサの読み間違いだった。ケルベロスは、ヨツデグマと並ぶか、それ以上の高ランクに位置付けられた魔物だ。その恐ろしさの源は、
「【障壁】が破られてる!」
相手の防御魔法を打ち消す〔遠吠え〕。
エリサが、それに気づいてはっとした直後、再びケルベロスの毒液が飛来する。エリサは間一髪、横に飛びのいてかわしたものの、
「っ…」
ちょっと肌にじわりと熱いものを感じた。
「く……本当に、このままじゃ……ダメです……っ」
これ以上、戦いを長引かせるわけにはいかない。エリサは迷う。
(即死の魔法を使おうかな……でも、あれを使うには、デメリットが大きすぎる……)
エリサはヨツデグマに使った∴呪殺∴のことを考える。しかしあれを使うと、一時的ではあるが、魔力の上限値が大きく減少する。普通の魔法であれば、コップの中の水を使うようなものだ。水を入れればすぐに回復する。
しかし、あの魔法は、コップの容量そのものを削る魔法。一度使えば、回復には長い時間を必要とする。
はやくしないともれちゃう!
エリサは、絶体絶命の状態に追い込まれていた。
◇
「エリサ遅いなー。なにやってんだろ」
ミーシャは、森のあたりを警戒しながら、エリサが戻ってくるのを待っていた。
エリサは女の子だからか、何をするのも時間がかかる。朝の支度もゆっくりで、ご飯を食べるのもゆっくり。歩くのもゆっくりだから、きっと用足しもゆっくりなんだろう。
そう考えた後、まあ、アタシも一応、女なんだけど。と、心の中で自分に突っ込みを入れた。
「遅いからって、様子を観に行ったら、気まずいだろうし」
いくら冒険者だからって、用足しの現場を他の人に見られるのは、ミーシャだって恥ずかしい。
だから、もうちょっと待ってみることにした。
その時である。
右耳のあたりで、ちりん、とかすかな音がしたかと思うと、『警告です』と女の声が聞こえた。
「なっ、なんだっ?!」
驚いたミーシャは、あたりを見回すが、だれもいない。
「な、なんだよ、これっ!」
そんなミーシャをよそに、女の平坦な声が聞こえてくる。
『エリサが魔物に襲われています。距離50メートル。ナビゲートを開始しますか?』
「え……なに? えっと、はい、かな」
ミーシャがうろたえながら「はい」というと、ミーシャの後方から、光の矢が放物線上に飛び、向こうの岩陰に到達して点滅し始めた。
「わけがかんないけど……いかなきゃ!」
ミーシャはリュックをそのままに、岩に立てかけていた小剣だけ掴むと走り出す。
点滅する光のそばには、50という数字が出ていて、近づくにつれ数字が小さくなっていく。これは距離だな、とミーシャは直感した。
ほんの数秒で、ミーシャは光のそばにたどり着いた。しかし、そこには何もない。
「……どうなってるんだ? ここだろ?」
小剣を抜いたミーシャが、あたりを伺いながら独り言を言う。
『調査中……調査中…………【静寂】の効果を感知。視覚モードを変更しますか?』
「わかんないけど、とりあえず、はい、だ!」
ミーシャがそう叫ぶ。すると、頭の中で『視覚情報にサーモグラフィーレイヤーを追加します』と、単調な女の声が響き、
「ええっ??」
ミーシャの視界が一瞬ぼやけ、何やら赤や黄色のモヤモヤが2つ現れた。一つは人型、もう一つは……狼か何かだろうか?
人型はおそらくエリサなのだろう。そして、もう一つの影が魔物だろう。
2つのモヤモヤは、こちらがいることに気づいていない。魔物が人型に突っ込むと、人型はかろうじてそれを飛びのいてかわす。
しかし、飛びのいた拍子に、ぺたん、と尻もちをついた。
尻もちをついた人型の地面の周辺に、みるみる赤いもやが広がっていく。
「まさか、血?!」
ミーシャは驚き、そして魔物に対して明確な殺意を覚えた。小剣を構えると、
「てめえええええッ!」
姿勢を低くして猛スピードで突っ込む。四つ足の魔物は、ミーシャが間近に迫ったところで気が付いたのか、ミーシャの方を向く。
「死ねええええっ!」
ミーシャは獣の首を跳ねた。赤い塊が宙を飛び、すぐに黄色、緑になって地面に転がる。やがてそれは青くなる。
そこで、ミーシャの視界が切り替わった。【静寂】の効果が切れたのだ。
「ミーシャさん!」
「エリサ! 無事か?!」
ミーシャは仰向けにしりもちをついたままのエリサを見、出血している様子ではないことを確認すると、次いで今しがた首を刈った獣を見る。
「え、頭が3つある狼?!」
地面をもんどりうって転げまわる犬。ただ、1つは自分が切り飛ばし、あと2つはあたりに毒々しげな唾液をまき散らしながら、強烈な殺意をミーシャに向けている。
「まだ生きてるなっ! とどめだっ!」
ミーシャは自分の中の殺意を抑えずに、ケルベロスに切りかかろうとする。
ケルベロスが毒液を飛ばす。ミーシャは身をよじってかわすが、じゅっと焼ける音がして、胸当ての一部が溶けた。
「あわわ……し、【身体強化】!」
エリサがあわてて、ミーシャに加護の魔法を放つ。ミーシャは体が軽くなったような気がして、飛ぶように駆けた。
「ひとつ! ふたつ! とどめだっ!」
ケルベロスに接近したミーシャが、風を切るように小剣をふるう。ケルベロスの首が2つ飛び、そして、胴体も半分に断ち割られた。
切断された胴体から、ごろり、と柘榴色に輝く拳大の宝石が転がり落ちる。
ミーシャは一瞬、その宝石に目を奪われたが、すぐに振り返り、
「エリサ!」と叫んで、まだ転んだままのエリサのもとに駆け寄ろうとする。しかし、
「ストップ! ミーシャさん、ごめんなさい! あっち向いて、ちょっとだけ待ってください!」
なぜかエリサに制止され、ミーシャはよくわからないままに、しばらく待たされるのだった。
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