第27話 長の回想
そのころ、ゴブリンの長、ル・ガルゥは、彼が築き上げた巣を一望できる丘の上にいた。
周囲を深い森に囲まれた窪地で、谷底には小川が流れている。おそらくかつてニンゲンが住んでいたのだろうか、階段状の丘に掘られたいくつもの穴が我々の住居にちょうどよかった。
周囲は広葉樹が幾重にも茂り、大型の生き物には歩きづらい地形のため、ここは我々にとって、絶好の隠れ家となる。
ル・ガルゥは、丘の上にある古い石造りの祠にいた。入り口に敷かれた平たい石へ腰掛け、鷹揚に周囲を見回している。
彼の身の丈は6尺(約180センチ)、ゴブリンとしては異常な巨躯であり、ニンゲンと比べても大柄な方である。
(この村も、ここまで発展させることができた)
彼の視線の先には、数多くのゴブリンやコボルトたちが思い思いに働き、遊び、子を育て、家畜たちの世話をしている様子が見えた。そう、ここはまさに「村」であった。本来、ゴブリンたちにはこのような知恵はない。せいぜい集団で雨露をしのぎ、食料を確保できる場所に巣を形成する程度だ。しかしこの村では、草や葉っぱで屋根のようなものをふいた小屋や、丘陵地のくぼみを使った家畜小屋などもあり、羊が逃げ出さないように柵までこしらえている。
これは異常な状況である。
そして、それを実現しえたのは、このル・ガルゥの指導による。
(同胞は、愚かで、醜い。かつては俺のことを侮り、阻害した。しかし、だからこそ、俺が率いてやらねばならない)
彼は、村の様子を見ながら、かつてのことを思い出していた。
もともと、ル・ガルゥは、ごく普通のゴブリンだった。むしろ他の個体よりも貧弱で、より強い個体からはいじめられる対象ですらあった。
彼は羊を盗むこともできず、ニンゲンからキラキラを奪うこともできず、狩りに出れば真っ先に疲れ果ててしまうお荷物であった。
そんな彼を他の個体はあざけり、いじめ、虐げた。やがて前の長は、彼を「役立たずの無駄飯食い」だとして、群れからの追放を決定した。
ル・ガルゥは群れから放逐され、ラブレーの森を独りさまよい、昼は沢蟹や虫を食い、夜は豺に襲われないかと震えながら眠る日々を送った。
やがて彼が衰弱しきってたどり着いたのは、窪地の中にひっそりと残っていた、古い祠だった。
むろん、彼には祠という概念はなく、安全に眠ることができそうな物陰、という認識でしかない。
彼は疲れ切った体を引きずるようにして祠の中に入ると、ばたり、と身を横たえた。
(……ナンダ?)
彼が倒れこんだ場所には、葉を何枚にも積み重ねたような『何か』があった。
そのまま石の上で寝るよりは体がいくぶん楽だと思い、彼はそれを下敷きにして眠ることにした。
次に彼が目を覚ました時、世界は一変した。
(俺はいったいどうしたのだ?)
まず気づいたのは、自らの体が巨大化していたことだ。
何やら急に物の縮尺が変化したように感じ、それは祠の外に出て、近くの小川で自らの姿を確認したことではっきりした。
その後に気づいたのが、
(俺は、いつからこんなにものを考えられるようになったのだ?)
明晰な頭脳、知覚、そしてこれまで彼の記憶になかったもの……知識を手に入れたことである。
彼は祠の中に戻ると、自分が身を横たえていた『何か』を手に取った。
「これは、本、だ」
彼は本を手にして外に出る。(本というものの中には、より多くの知識が詰まっている)と彼の頭の中で誰かがささやく。彼は本をめくり、その1ページ1ページ書かれていることを貪り読んだ。気が付けばすでにあたりは暗くなっていた。
「夜、か」
これまでは、この現象を『あたりがみえにくくなる間がある』という認識でしかなかった。だが今は、それが『夜』という言葉で定義されるものだとわかる。
そんな彼の前に、目の前の草むらがガサガサと揺れ、数匹の豺が姿を現した。よだれを口から垂らし、彼を今日の晩飯にする算段なのは明らかだ。
豺はゴブリンを捕食する側である。ヨツデグマよりも出会う確率が高く、見つかれば生き残ることは絶望的だ。しかし、彼は違った。
「豺め」
そういうと、彼は今にも飛びかかろうとする豺たちに向かって片手を向ける。
ボコリ、と地面が揺らぎ、地中から握り拳大の石がいくつも浮き上がる。
「死ね」
次の瞬間、宙に浮いた石が、矢のように豺の群れに飛んでいった。豺たちは不意を突かれ、断末魔をあげる間もなく無数の石礫によって絶命した。
その後、彼は豺の肉を(旨くないな……)と思いながら食い、そして祠の入り口に腰かけて、ずっと考え続けた。
そして明け方、彼は『ル・ガルゥ』という名を自らに与えることと、この森に棲むゴブリンたちを統べることを決めたのである。そして、現在に至る。
そこまで思い起こしたとき、ル・ガルゥは、村の入口に、狩りから戻ってきた一団の姿を認めた。
ニンゲンどもから分捕ってきた数多くの戦利品を運んでいた3体のトロルと、トロルを率いていた数匹のゴブリンが、村の南の入り口から凱旋してくる。
(なぜトロルたちは、腰から下が泥まみれなのだ?)
なぜかトロルたちは、全員、腰から下が泥まみれだった。
このトロルたちは、ル・ガルゥが本から学んだ知識で生み出されたものだ。
2日前、凶暴なニンゲンに襲われ、瀕死になっていた同胞を救う手立てとして、彼は、彼らを急激に∴進化∴させたのだ。
(……早急に、戦力を強化せねばならん。ここも、いつニンゲンに見つかるかわからないからな)
彼は独りそう考えると、凱旋してきた同胞を出迎えるために腰を上げるのだった。
土日はお休みで次話は月曜日に更新します(月・水・金更新)
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