第24話 アタシの本心はどこなんだ?
農家の朝は早い。それはもう、冒険者よりも早い。
鶏が鳴き始める前、まだ星が瞬いているうちに、女たちは動き始める。火鉢の中に入れておいた埋火を取り出し、かまどに火を入れる。昨日のうちから汲んでおいた水を沸かし、湯を作る。湯は何にでも使えるので、これを絶やすことは無い。
羊たちから新鮮な乳を搾る。これは、子どもがいる家では子どもたちの仕事だ。絞った乳は雑穀や麦、豆と一緒に似て、ミルクがゆにする。
そうこうしているうちに、男たちも起き出す。顔を洗い、ひげをそり、歯を磨く。朝食前に羊や他の家畜の世話をして、家の周りに異変がないかを確認する。
家族全員が朝のルーティーンをこなし、居間兼食堂に集まった頃、家長であるヨーゼフが合図をし、朝の祈りをささげる。それが終われば朝食である。
客人であるミーシャとエリサの2人は、そうした人々のカタカタ、カチャカチャという生活音に耳をそばだてながら、起きるタイミングを計っていた。
二人とも、一緒の布団にくるまり、早朝の空気の冷たさと、布団の中の暖かさの差を味わう。できればこのまま二度寝したい。
エリサは相変わらず、ミーシャにかきついた格好でいる。
(子犬か子猫みたいだ)
ミーシャは、自分の腕の中でもぞもぞする白皙の少女を見て、ぼんやりと考える。
(エリサを見ていると、なんだかほっとけないんだよな。かわいいし、きれいだし、いいにおいがするし。正直、アタシにないものを全部持ってる。守りたい? 妹? 子ども? うーん、そういうのとは、ちょっと違う感じなんだよなー……)
(もしかして、好きってこと? いやいや、アタシだって女だ。フツーは、女は男のことを好きになるはずで……いや待てよ。だったら、これまで色んなオトコが周りにいたけど、全然、こんな感じにならなかったのはなんでだ?)
(あー。それは、ほとんどのオトコが冒険者とかばっかで、恋愛対象というよりは、仕事相手だったからかな。でも、ギルドの受付嬢や酒場娘がきゃあきゃあ言って、ひいきしてた美形の冒険者や吟遊詩人にも全ッ然キョーミわかなかったし)
(うーん、わからん。でも、エリサを見てると「かわいい」とかしか思わんし、アタシ、ただでさえバカなのに、余計にバカになっちゃうな)
「ミーシャさん? どうしたんです? なんだか難しい顔をしていますけど」
「えっ? いや、なんでも、ない」
ミーシャは、エリサがじっとこちらをのぞき込んでいたのに驚いた。あわてて平静を装う。
「今日こそゴブリンの巣を見つけるために、そろそろ起きないとダメかなって思ってたところさ」
「ふうん」とエリサは言うと、まだ眠そうに小さくあくびをした。
家族の朝食がおわり、働きに出る前のわずかのくつろぎの時間に、2人は部屋から出て、食堂に姿を現した。
家長であるヨーゼフにあいさつをし、そして他の人々にも朝の挨拶を行う。その様子を見てハンナは、ミーシャたちの朝食の支度にかかる。
「あねっこら、ゆんべはでじっとねれたべが?」
「はい。おかげさまでぐっすり眠れました」
(もう普通に会話してる……)
塩の効いた豆がゆをむくむくと食べながら、エリサは、「おかあさん。いらなくなった鍋敷きとか、ありますか?」と尋ねた。
「そろそろ火にくべようかと思っているのならあるけど、何に使うんだい?」
ハンナは、エリサの言葉を受けて、5寸四方(15センチ)の表面が黒く焦げた板切れを見せる。
「泊めてくださったお礼に、魔物除けの護符を作ります」
「あらまあ、そんなものが作れるのかい? 魔法使いってのは、すごいねえ。でも、鍋敷きでいいのかい?」
「鍋敷きだから、いいんです」
熱くて重たい鍋を乗せられ続けてきた鍋敷きの感覚を、近寄ってきた魔物に再体験させる……という仕組みなのだそうだ。
豆がゆを食べ終えたエリサは、テーブルと小刀を借り、鼻歌を歌いながら鍋敷きに彫り物をはじめた。
ハンナはその様子を、編み物をしながら孫娘かのように見守っている。
一方ミーシャは、食事を終えると、昨日魔法をかけたゴブリンの様子を見に行っていた。
ゴブリンは、まだ岩の陰で伸びたままだ。近くをヨハンの息子が、牧羊犬と一緒に羊を連れて歩いていく。
べえべえがろんがろんと羊が騒がしく鳴き、首についてた鐘が鳴る。
日はかなり高くなり始めていたので、そろそろ奴らが起きても不思議ではない。
「起きないもんだなあ……」
しばらくゴブリンの様子を見ていたミーシャは、革ブーツの先で、寝ているゴブリンを軽く小突いた。
するとゴブリンがもぞもぞと動く。「グ、ゲゲ……」と声を漏らした。
「寝言か?」
ミーシャが興味深そうにのぞき込むと、そのうちの1匹がぱちりと目を覚ました。
「起きた」
「ギャッ!」
ゴブリンはミーシャにのぞき込まれているのに気が付くと、いきなり逃げ出そうとする。
「おい! 仲間を捨てていくのか?」
ミーシャがもう1匹の方を見ると、逃げ出そうとしたゴブリンは、ミーシャの言葉がわかったのかはわからないものの、まだ寝ている方を肩に担いで、ヨロヨロと逃げ出した。
「おいおい、そんなんじゃ、すぐに追いつかれるぞ」
もたもたと草原を走り出したゴブリンを見て、ミーシャは独り言を言った。
【失せもの探し】の魔法は、人によって効力が変わるそうだが、エリサの場合は、2里(約6キロ)先までも有効なのだという。もっとも、そこまで離れたら微弱な信号しか感じられないが、十分有効だ。普通のゴブリンの足ならば、1日で動ける距離はそれぐらいだろう。
エリサの仕事が終わったら追おう、とミーシャはゴブリンの様子を眺めながら考えた。
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